自転車運転中の「ながらスマホ」と法規制

前回,自動車運転中の「ながらスマホ」に対する法規制について,ご紹介しました。

前回の法規制は,自転車運転中の「ながらスマホ」には適用されません。

条文に「自動車又は原動機付自転車(以下この号において「自動車等」という。)を運転する場合」(道路交通法第七十一条第五号の五)と書かれおり,自転車が除外されているからです。

 

しかし,自転車運転中の「ながらスマホ」も,次の条文等によって禁止されています。

 

○道路交通法

(運転者の遵守事項)

第七十一条 車両等の運転者は,次に掲げる事項を守らなければならない。

六 前各号に掲げるもののほか,道路又は交通の状況により,公安委員会が道路における危険を防止し,その他交通の安全を図るため必要と認めて定めた事項

 

第百二十条 次の各号のいずれかに該当する者は,五万円以下の罰金に処する。

九 第七十一条(運転者の遵守事項)第一号,第四号から第五号まで,第五号の三,第五号の四若しくは第六号,第七十一条の二(自動車等の運転者の遵守事項),第七十三条(妨害の禁止),第七十六条(禁止行為)第四項又は第九十五条(免許証の携帯及び提示義務)第二項(第百七条の三(国際運転免許証等の携帯及び提示義務)後段において準用する場合を含む。)の規定に違反した者

 

○東京都道路交通規則

第2章 運転者の遵守事項等

(運転者の遵守事項)

第8条 法第71条第6号の規定により,車両又は路面電車(以下「車両等」という。)の運転者が遵守しなければならない事項は,次に掲げるとおりとする。

(4) 自転車を運転するときは,携帯電話用装置を手で保持して通話し,又は画像表示用装置に表示された画像を注視しないこと。

 

自転車運転中の「ながらスマホ」については,五万円以下の罰金が科せられることがあり,自動車運転中の「ながらスマホ」と比べて,罰則は緩和されています。

とはいえ,自転車運転中の「ながらスマホ」によって交通事故を起こし,相手を死傷させた場合には,重過失致死傷罪に問われたり,被害者から損害賠償を請求される可能性があります。

 

○刑法

第二百十一条 業務上必要な注意を怠り,よって人を死傷させた者は,五年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も,同様とする。

自動車運転中の「ながらスマホ」と法規制

運転中のスマートフォンの使用は,道路交通法上,禁止されています。

運転中にスマートフォンや携帯電話を使用したことに起因する事故が増加したことを踏まえ,令和元年12月1日に施行された道路交通法において,いわゆる運転中の「ながらスマホ」に対する罰則が強化されました。

 

自動車運転中の「ながらスマホ」に関する道路交通法の条文は,次のとおりです。

(運転者の遵守事項)

第七十一条 車両等の運転者は,次に掲げる事項を守らなければならない。

五の五 自動車又は原動機付自転車(以下この号において「自動車等」という。)を運転する場合においては,当該自動車等が停止しているときを除き,携帯電話用装置,自動車電話用装置その他の無線通話装置(その全部又は一部を手で保持しなければ送信及び受信のいずれをも行うことができないものに限る。第百十八条第一項第三号の二において「無線通話装置」という。)を通話(傷病者の救護又は公共の安全の維持のため当該自動車等の走行中に緊急やむを得ずに行うものを除く。同号において同じ。)のために使用し,又は当該自動車等に取り付けられ若しくは持ち込まれた画像表示用装置(道路運送車両法第四十一条第一項第十六号若しくは第十七号又は第四十四条第十一号に規定する装置であるものを除く。第百十八条第一項第三号の二において同じ。)に表示された画像を注視しないこと。

第百十七条の四 次の各号のいずれかに該当する者は,一年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。

一の二 第七十一条(運転者の遵守事項)第五号の五の規定に違反し,よって道路における交通の危険を生じさせた者

第百十八条 次の各号のいずれかに該当する者は,六月以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。

三の二 第七十一条(運転者の遵守事項)第五号の五の規定に違反して無線通話装置を通話のために使用し,又は自動車若しくは原動機付自転車に持ち込まれた画像表示用装置を手で保持してこれに表示された画像を注視した者(第百十七条の四第一号の二に該当する者を除く。)

 

上記の条文の内容を整理すると,以下のようになります。

1 禁止される行為

① 運転中にスマートフォン等を通話のために使用する行為

② 運転中にスマートフォン等の画像を注視する行為

※①・②は,手で保持して操作する場合に限られるので,スマホのハンズフリー通話等は除外されています。

※①・②は,運転中に限られるので,停止中の行為は除外されています。

 

2 罰則

① 運転中にスマートフォン等を通話のために使用する行為

→6月以下の懲役又は10万円以下の罰金

② 運転中にスマートフォン等の画像を注視する行為

→6月以下の懲役又は10万円以下の罰金

③ ①・②によって道路における交通の危険を生じさせた行為

→1年以下の懲役又は30万円以下の罰金

 

さて,先月,弁護士法人心千葉法律事務所が開設されました。

千葉駅から徒歩1分です。

千葉市周辺にお住まいの方は,どうぞお気軽にご相談ください。

弁護士法人心千葉法律事務所のホームページは,こちらです。

更正決定

裁判所から届いた判決に,誤記や計算ミス等の単純なケアレスミスがあるとき,これを正す方法として,更正決定があります。

民事訴訟法257条に「判決に計算違い,誤記その他これらに類する明白な誤りがあるときは,裁判所は,申立てにより又は職権で,いつでも更正決定をすることができる。」と定められています。

判決には,例えば,「被告は,原告に対し,金300万円及びこれに対する令和2年1月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。」などと書かれており,判決確定後に被告が原告に対して判決で命ぜられたお金を支払わなかった場合,原告は判決を根拠として被告の財産に強制執行することができます。

ところが,原告や被告の氏名に誤記等があると強制執行することができないリスクが生じます。

そのため,誤記を見過ごしてはならず,更正決定によって正しい記載にします。

 

さて,話は変わって,弁護士法人心四日市法律事務所開設のお知らせです。

弁護士法人心は,これまで各地に10の事務所をおいていましたが,先月,四日市にも開設しました。

弁護士法人心は,これまでも駅から近い場所に事務所を開設してきましたが,四日市法律事務所も近鉄四日市駅徒歩1分のとてもアクセスのよい場所です。

四日市周辺にお住まいの方は,どうぞお気軽にご相談ください。

弁護士法人心四日市法律事務所のホームページは,こちらです。

 

新型コロナウイルス感染拡大に伴う法的問題

弁護士法人心では,定期的に所属弁護士全員が参加する法律研修を行っています。
前回の研修では,新型コロナウイルス感染拡大に伴い発生し得るさまざまな法的問題を扱いました。
①営業自粛等の根拠とされる新型インフルエンザ等対策措置法改正法の仕組み,②小規模事業者が経営計画を策定して取り組む販路開拓等を支援する持続化補助金等,経済産業省関係の令和2年度補正予算のポイント,③雇用調整助成金の特例措置の拡大,④感染者と濃厚接触した可能性を通知するアプリ等,ビッグデータによる行動履歴の活用とプライバシーの関係等,多岐にわたりました。
研修の中で取り上げた事例をご紹介します。
法務省は,東京都,神奈川県等,緊急事態宣言の対象地域に所在する刑事施設において,新型コロナウイルス感染防止のため,収容者との面会を弁護人又は弁護人となろうとする者以外との面会を原則として実施しないとする方針をとっています。
これに対し,感染拡大防止のために家族との面会を制限したのは不当だとして,東京拘置所に収容中の被告が国を相手に上記方針に基づく措置の停止を求めたところ,東京地裁は,5月1日,申立てを却下する決定をしました。
新聞記事によると,その後,被告の家族が面会を求める文書を拘置所に郵送し,互いの安否などを確認する必要があると説明したところ,5月11日に面会が実現したとのことです。

緊急事態宣言

4月7日,緊急事態宣言が発令されたことにより,対象地域の東京・神奈川・千葉等の裁判所から,続々と,訴訟や調停の期日を取り消すとの連絡が入りました。

4月16日,緊急事態宣言の対象地域が全国に拡大され,当初,対象地域外であった裁判所からも,期日を取り消すとの連絡が入りました。

いよいよ大詰めを迎えていた訴訟が中断され,替わりの期日がいつになるか,まったくわからない状態となっています。

政府や自治体による外出自粛要請を受けて,いつも混雑している東京駅の風景は,一変しました。

東京駅八重洲口の改札からホームへと続く東京駅構内は,時間帯によって私一人だけということもあり,自宅近くの駅周辺のほうが多くの人とすれ違う状況です。

こんな東京駅は見たことがなく,事態の深刻さがうかがえます。

交通事故によって負傷し,治療中の依頼者から,病院に行くのが怖い,通院先が臨時閉院となった等のご相談が寄せられています。

相手方となる保険会社は,軒並み在宅勤務制となって担当者と連絡が取りにくく,相手方からの送金等も遅滞しています。

経営者の方々から,従業員の雇用の維持が難しい,売上が激減している等,経営難に関するご相談も増えつつあります。

日々,自分にできることを実践しながら,この事態が収束に向かうことを切に願います。

不貞行為の相手に対する慰謝料の金額

配偶者の不貞行為が発覚し,不貞行為の相手に慰謝料を請求したいと考えたとき,その金額はいくらが妥当でしょうか。

慰謝料とは,被害者の受けた精神的苦痛を金銭評価した損害額のことですが,被害者ごとに感じる苦痛の内容や程度は異なるので,本来金銭に換算することができない性質のものです。

そのため,慰謝料の金額や算定基準は,法律上,一律に定まっていません。

そこで,裁判実務では,事件ごとに個別・具体的な事情を総合考慮して,慰謝料を算定しています。

個別・具体的な事情の中でも,不貞行為が原因で離婚するか,離婚しないかによって,慰謝料の額は,大きく異なります。

離婚する場合は100万円~300万円,離婚しない場合は数十万円から100万円という金額が一応の目安となります。

その他の慰謝料を増減させる事情は,不貞行為が始まった時点での夫婦の関係(婚姻期間の長短,円満か険悪か,子どもの有無や年齢等),不貞関係が始まったきっかけ(どちらが積極的に誘ったか等),不貞行為の期間,不貞行為の回数,不貞行為発覚後の事情(発覚後も不貞行為を続けたか等)等です。

慰謝料を増減する事情は多岐にわたるので,不貞行為の相手に慰謝料を請求したいと考えたときは,弁護士にご相談ください。

後遺障害申請における事前認定と被害者請求

自賠責保険に後遺障害認定の申請をするには,加害者側の任意保険会社が申請を行う事前認定と,被害者本人または被害者の代理人弁護士が申請を行う被害者請求という2つの方法があります。
事前認定の場合,保険会社がすべての申請書類を準備して,申請手続きを代行するため,被害者の方の手間がかからないというメリットがあります。
反面,事前認定は,被害者にとって有利な資料が漏れたり,不利な資料が提出される等して,適正な等級がつかない,あるいは,等級が低くなる危険があるというデメリットがあります。
被害者請求の場合,自ら申請書類を精査して,被害者にとってより有利な資料を提出することができるので,適正な等級がつく可能性が高くなります。
反面,書類を準備する手間がかかる上,どのような資料を,どうやって集めればよいのか分からないということも多いでしょう。
こうしたデメリットは,後遺障害の申請に詳しい弁護士に依頼することで,回避することができます。
そのため,レントゲン撮影の画像や傷跡の写真等,客観的な資料によって特定の後遺障害等級が認定されることが明らかなケース等でない限り,一般的には,被害者請求をするほうが,適正な後遺障害等級がつく可能性が高くなるといえます。

後遺障害申請における症状固定日の見極め

交通事故で負傷した被害者が,怪我の治療を続けたけれど,これ以上治療を続けても,機能障害や神経症状等が改善される見込みのない状態に至ることがあります。
損害賠償法上,このような状態を「症状固定」といいます。
症状固定後の治療費は,原則として損害と認められないため,加害者に支払ってもらうことができません。
他方で,残った症状が後遺症といえるならば,後遺症の内容や程度に応じて,逸失利益と後遺症慰謝料が損害として認められます。
裁判所が後遺症の有無・程度を判断するにあたって,自賠責保険による後遺障害等級の認定結果が重視されるので,後遺症に関する損害を請求するには,まず,自賠責保険に後遺障害認定の申請をします。
症状固定となったかどうかは,基本的に,治療の専門家である医師の判断に依ることになります。
そのため,医師等と相談しながら,適切な症状固定日を見極め,症状固定に至るまでは,必要な治療を継続しましょう。
特に,いわゆるむち打ち症等,自覚症状以外の医学的根拠が乏しい場合は,通院期間・頻度,自覚症状の内容・経緯等によって判断されることになります。
通院期間が短かすぎると後遺障害が認定されないので,症状固定日を慎重に見極めなければなりません。
そこで,相手方保険会社に,「そろそろ症状固定となるので後遺障害の申請をしましょう」などと言われたとき,治療を中止する前に,交通事故に詳しい弁護士に相談することをお勧めします。

保険会社の示談代行サービスが使えない交通事故

信号待ちで停止中に追突された事故等,自分の過失がゼロのもらい事故に遭うと,自分が加入している保険会社に,加害者との示談交渉を代行してもらうことができません。

弁護士法72条は,「弁護士又は弁護士法人でない者は,報酬を得る目的で訴訟事件,非訟事件及び審査請求,再調査の請求,再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定,代理,仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い,又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし,この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は,この限りでない。」と定めています。

交通事故による損害賠償に関する示談交渉は法律事件ですから,弁護士や弁護士法人でない保険会社が業務として被保険者の示談交渉を代行することは,法律に違反する行為として禁じられています。

そのため,保険会社が示談交渉を代行するには,被保険者にも過失があって,被保険者が事故の相手に支払うべき損害賠償債務について,保険会社自身が保険金として支払義務を負担していることが必要とされているのです。

過失ゼロの事故こそ加害者にしっかり賠償してもらいたいところですが,自分の保険会社の助力を得られず,自分で加害者の保険会社と交渉しなければなりません。

加害者の保険会社との交渉に疑問や不安を感じたら,弁護士に示談交渉を任せることができます。

最近は,自動車保険等に弁護士費用特約が付保されていることが多く,この特約を使うと,保険金額を超えない限り,弁護士費用を自己負担する必要がないので,もらい事故に遭った被害者の方は,ご自分の保険の内容を確認されるとよいでしょう。

所有権留保付き売買契約の車両損害の賠償請求権者(全損のケース)

交通事故によって所有権留保付き売買契約で買った車両が損傷し,全損となった場合,使用者(買主)は,車両時価額を請求することができるでしょうか。

 

被害車両が焼失,水没,大破等して技術的に修理が不可能となる「物理的全損」の場合,被害車両の交換価値を失った所有者に損害が生じると考えられるため,交換価値を把握していない使用者は,車両損害について賠償請求することができません。

 

他方,修理費用が車両の再調達価格を超える「経済的全損」の場合は,技術的・物理的に修理が可能であって,実際に修理をして使用を継続するケースも少なくないという実態があります。

そのため,経済的全損の場合,物理的全損と同様に所有者が損害賠償請求権を取得するという考え方の他,分損と同様に使用者が修理をして修理費を支払ったこと(または支払う予定があること)を主張立証したならば,使用者に事故当時の車両価格に相当する額の損害賠償請求権があるという考え方等があります。

この点は,裁判実務上の判断も固まっていません。

 

以下,東京地方裁判所平成2年3月13日判決(抜粋)をご紹介します。

「自動車が代金完済まで売主にその所有権を留保するとの約定で売買された場合において,その代金の完済前に,右自動車が第三者の不法行為により毀滅するに至ったとき,右の第三者に対して右自動車の交換価格相当の損害賠償請求権を取得するのは,不法行為当時において右自動車の所有権を有していた売主であって,買主ではないものと解すべきである(中略)。しかしながら,右売買の買主は,第三者の不法行為により右自動車の所有権が滅失するに至っても売買残代金の支払債務を免れるわけではなく(民法534条1項),また,売買代金を完済するときは右自動車を取得しうるとの期待権を有していたものというべきであるから,右買主は,第三者の不法行為後において売主に対して売買残代金の支払をし,代金を完済するに至ったときには,本来右期待権がその内容のとおり現実化し右自動車の所有権を取得しうる立場にあったものであるから,民法536条2項但し書及び304条の類推適用により,売主が右自動車の所有権の変形物として取得した第三者に対する損害賠償請求権及びこれについての不法行為の日からの民法所定の遅延損害金を当然に取得するものと解するのが相当である。」

所有権留保付き売買契約の車両損害の賠償請求権者(分損のケース)

交通事故によって車両に損傷が生じた場合,車両の所有権を侵害された所有者は,加害者に対して車両損害について賠償請求権を取得します。

ところが,被害車両の運転者が被害車両の所有者でないケースは少なくありません。

所有者と運転者(使用者)が分かれる典型例は,割賦販売契約で所有権留保が付いている場合の売主(=所有者)と買主(=使用者)です。

所有者でない使用者は,車両損害について賠償請求することができるでしょうか。

車両損害が修理費である場合(全損でなく分損の場合)には,使用者に修理費相当額の損害賠償請求権を認める裁判例が多数みられます。

なぜなら,買主(使用者)は,売主(所有者)による車両の使用を排除して自ら車両を使用することができるとともに,売主に対して車両の担保価値を維持する義務を負っているので,車両が損傷して修理を要する状態になった場合,買主が車両を修理する義務を負うからです。

もっとも,使用者に損害賠償請求権を認める条件等は一律ではなく,使用者が自ら修理して修理費を支出したこと,あるいは,支出を予定していることを条件とする裁判例もあるので,注意を要します。

 

以下,東京地方裁判所平成26年11月25日判決(抜粋)をご紹介します。

「留保所有権は担保権の性質を有し,所有者は車両の交換価値を把握するにとどまるから,使用者は,所有者に対する立替金債務の期限の利益を喪失しない限り,所有者による車両の占有,使用権限を排除して自ら車両を占有,使用することができる。使用者はこのような固有の権利を有し,車両が損壊されれば,前記の排他的占有,使用権限が害される上,所有者に対し,車両の修理・保守を行い,担保価値を維持する義務を負っている。したがって,所有権留保車両の損壊は,使用者に対する不法行為に該当し,使用者は加害者に対し,物理的損傷を回復するために必要な修理費用相当額の損害賠償を請求することができる。その請求にあたり修理の完了を必要とすべき理由はない。」

車両損害(車両時価額)

交通事故によって車両に損傷が生じた場合,その車両の時価額がいくらなのかが問題となります。

事故当時における中古車の時価額は,原則として,その車と同一の車種・年式・型,同程度の使用状態・走行距離等の自動車を中古市場において取得し得るに要する価額をいうものと考えられています(最高裁判所昭和49年4月15日判決)。

この判決は,中古車の時価額を,課税又は企業会計上の減価償却の方法である定率法又は定額法によって定めることは,加害者及び被害者がこれによることに異議がない等の特段の事情のないかぎり,許されないものと判断しました。

定額法(毎年一定額の減価償却費を計上する方法)や定率法(毎年一定率で減価償却費を計算する方法)によって中古車の時価額を算出すると,多くの場合,中古車市場における流通価格より低額となります。

保険会社は,年式・車種ごとに標準的な中古車価格が掲載された「自動車価格月報」(有限会社オートガイド発行。通称レッドブック)を参考にして,時価額を算定することが多いです。

しかし,レッドブック価格は,標準的な条件下での車両を前提とした消費税を含まない価格ですから,事故に遭った車両の使用状態,走行距離等の個別事情を考慮して,加算・減算して時価額を算定する必要があります。

例えば,東京地方裁判所平成22年1月27日判決は,日産ラシーンE-RFNB14について,レッドブックには73万円と掲載されていましたが,走行距離が8万8868キロメートル,車検残数が約9か月,マニュアルミッション車であることを考慮して,時価額は60万8000円に消費税を加えた額が相当であると判断しました。

車両損害(全損と分損)

交通事故によって車両に損傷が生じた場合,その損害額が争われることが少なくありません。

車両が壊れると,通常,その車両を修理しますが,車両が大破して修理することができないときは,新しい車両を購入する必要が生じます。

修理可能な場合を「分損」といい,技術的に修理不可能な場合を「物理的全損」といいます。

修理が可能であっても,例えば,修理費用が車両の再調達価格を超える場合を「経済的全損」といって,修理費用を請求することはできません。

再調達価格とは,通常,事故当時の車両の時価額及び買替諸費用の合計額をいいます。

 

しかし,保険会社は,車両時価額のみを修理費と比較して経済的全損と判断し,時価額を限度に賠償すると主張することが少なくありません。

修理費と時価額が近接しているケースでは,経済的全損とならない可能性もありますから,ご注意ください。

 

以下,東京地方裁判所平成14年9月9日判決(抜粋)をご紹介します。

“一般に,車両が事故により損傷した場合に,車両を修理することによって原状回復が可能であるならば,修理費相当額をもって損害と解すべきであるが,修理費相当額が事故前の事故車の市場価格をはるかに超える場合には,いわゆる経済的全損であって,修理費相当額を請求することは許されないと解されている。これは,損害賠償制度の目的が,被害者の経済状態を被害を受ける前の状態に回復することにあり,被害者が事故によって利得する結果となることは許されないとの考慮が働いているからであると思われる。

ところで,車両が全損と評価される場合には,被害者は,被害車両を修理して再び使用することはできず,元の利益状態を回復するには同種同等の車両を購入するほかない。したがって,被害車両に投下した車検費用等については,その出捐に見合う使用ができなくなることになるから,残存車検費用のうち,少なくとも時価額に包含される部分を超える限度において事故による損害と認められるべきであるし,新たな車両の購入に伴って生ずる諸費用は,車両の取得行為に付随して通常必要とされる費用の範囲内において,事故による損害と認められるべきである。これら費用等が認められて初めて,被害者の経済状態は被害を受ける前の状態に回復されたといえる。

こうしてみると,いわゆる経済的全損か否かの判断に当たって,修理費の額と比較すべき全損前提の賠償額については,車両時価額のみに限定すべき理由はなく,これに加えて,全損を前提とした場合に事故による損害と認められるべき車検費用や車両購入諸費用等を含めた金額であると解すべきであり,逆に,修理費の額が,車両時価額を上回っていたとしても,これが,車両時価額と全損を前提とした場合に事故による損害と認められるべき諸費用を加えた額を下回る場合には,もはや経済的全損と判断することはできず,修理費の請求が認められるべきである。”

専業主婦の方の休業損害

交通事故の被害者は,事故による負傷のために仕事を休み,収入が減った場合,加害者に,休業損害を賠償請求することができます。

主婦の方は,事故による負傷のために家事や子育てをすることができなくても,収入が減るわけではありません。

しかし,家事労働であっても,家政婦,ハウスクリーニング業者等,第三者に家事を代行させれば,報酬を支払わなければなりません。

そのため,家事労働にも対価性があるとして,裁判実務上,主婦の方にも休業損害が認められています。

 

休業損害の計算方法は,事故発生時の収入の日額に休業日数を乗じます。

 

では,主婦の方が家事労働したときの収入は,いくらとみるべきでしょうか。

自賠責保険が用いる基準は,日額5700円です。

任意の保険会社も,自賠責保険基準に従うことが多いのが実情です。

しかし,裁判実務では,通常,厚生労働省が毎年発表する賃金センサスの女性平均賃金(産業計,企業規模計,学歴計,女子労働者の全年齢平均の賃金額)により損害額を計算します。

例えば,平成29賃金センサスの女性平均賃金は,377万8200円ですから,日額は,約1万0351円となります。

そのため,弁護士目線からすると,加害者の任意保険会社の提示額は過小にとどまるケースが多いです。

 

休業日数は,受傷のために家事労働に従事できなかった日について認められます。

例えば,入院中は,家事が一切できないことが明らかなので,入院期間は休業日数にカウントされます。

他方,通院期間中に何日休業したのか,客観的に定めることは困難です。

そこで,症状及び治療の経過,通院期間,通院日数,家族構成,家事の内容等の事情を総合的に考慮して,個別具体的に判断することになります。

裁判所の考え方もさまざまですが,例えば,家事能力を喪失した割合を急性期から慢性期まで段階的に低減させる方法(事故後30日は100%,その後の30日は50%,その後の30日は30%の家事労働が制約されたとみる方法等)が採られています。

加害者の保険会社から提示された示談金のチェック項目

交通事故の被害者が通院を終了すると、加害者加入の保険会社が被害者の損害額を計算して、示談金を提示します。

示談金の内訳(損害賠償額の項目)は、通常、治療費、通院費、休業損害、傷害慰謝料となります。

後遺障害が認定された場合は、さらに、逸失利益、後遺症慰謝料が加わります。

示談金の提示を受けたら、損害項目ごとに適正な金額といえるかチェックする必要があります。

 

1 休業損害

休業損害とは、事故によるケガのため、医師から自宅静養を指示されたり、通院等の理由で仕事を休んで収入が減ったり、有給休暇を使う等した場合、受け取ることのできた収入を失ったことによる損害をいいます。

会社勤めの給与取得者であれば、勤務先が作成する休業損害証明書と源泉徴収票の記載から、ある程度、客観的に損害額を計算することが可能です。

しかし、事故前の収入日額の計算方法によって増額するケースがあります。

また、欠勤したことにより賞与が減額された場合、賞与減額分も賠償される可能性があります。

個人事業主、会社役員等の場合、休業して収入が減ったことを休業損害証明書によって明らかにすることができず、休業損害の有無や額について争われるケースが少なくありません。

そこで、確定申告書類、会社の決算書類等を精査することにより、保険会社の提示を上回る額が賠償される可能性があります。

専業主婦の方は、事故の負傷によって家事に支障が生じた場合、家事労働が制限されたことによる損害を請求することができます。

しかし、その損害額の算定は、日額や休業日数が客観的に定まりにくいので、保険会社の提示が低額にとどまることが少なくありません。

実際に支障が生じた程度に応じて、増額される可能性があります。

兼業主婦の方が、仕事をほとんど休まなかった場合、提示額はわずかな損害額にとどまるケースが多くみられます。

しかし、家事に支障が生じた場合、仕事の内容、勤務時間、収入等、個別の事情を検討することによって、家事労働が制約されたことを理由とする損害額が賠償される可能性があります。

事故当時、無職であった方は、原則として休業損害は発生しません。

しかし、例えば、次の職が決まっていた、退職したばかりだった等の個別の事情を検討することによって、賠償される可能性があります。

 

2 逸失利益

逸失利益とは、後遺障害が残ったことによって、将来得られたはずの収入を失ったことによる損害をいいます。

保険会社の提示は、逸失利益の計算基準となる基礎収入が低すぎる、労働能力喪失期間が短すぎる等のケースがみられます。

 

3 傷害慰謝料・後遺症慰謝料

傷害慰謝料とは、事故で負傷して精神的苦痛を被ったことによる損害をいいます。

後遺症慰謝料とは、事故で後遺障害が残り精神的苦痛を被ったことによる損害をいいます。

傷害慰謝料と後遺症慰謝料の算定基準には、自賠責基準、任意保険会社基準、裁判基準があり、自賠責基準<任意保険会社基準<裁判基準の順で、高額になる傾向があります。

そのため、保険会社の提示額は、裁判基準と比較すると、低額にとどまることが一般的です。

 

このように、加害者加入の保険会社が提示する示談金額は、低額にとどまるケースが多いので、弁護士が交渉することによって増額される可能性があります。

むち打ち症の被害者が相手方保険会社に通院の終了を示唆されたら 

交通事故で負傷した被害者の傷病名が,頸椎捻挫等のいわゆるむち打ち症の場合,事故から数か月を過ぎると、まだ症状が残っていても,相手方保険会社が,症状固定して後遺障害の申請をしましょう、ともちかけてくる例が多くみられます。
しかし、3か月から6か月程度で症状固定したとして後遺障害の申請をしても、後遺障害が認定されない可能性が高いといえます。
レントゲン写真やMRI画像によって症状の存在を確認することのできないむち打ち症の場合、後遺障害の認定機関は,治療期間や治療の頻度を重視します。
ところが、3か月から6か月程度では、治療期間が短期にすぎると判断されるリスクが高いからです。

そのため,症状固定時期については,慎重に見極める必要があります。
そもそも症状固定とは,治療を続けても,これ以上改善が望めない状態をいいます。
症状固定になったかどうかは,本来,専門家である医師が判断すべきことであって,保険会社による打ち切り時期とは,関係なく定まる事柄なのです。

まだ症状が残っていて、この先治療によって改善する見込みがあるのであれば、軽々に治療を終了することは、避けたいところです。
医師が今後も治療の必要性があると判断した場合、保険会社が打ち切った後の治療費についても,加害者の自賠責保険に対する請求等によって回収可能なケースもあります。

他方,症状固定と判断された場合,その後の治療費は,原則として自己負担となります。
ところが,症状固定後も辛い症状が残っているために,自己負担で治療を継続する被害者の方もいらっしゃいます。
その場合、症状固定時の症状によっては後遺障害と認定されなかったとしても,症状固定後の治療の継続と症状の残存等を訴えて、自賠責保険に異議申立てをすることを検討するとよいでしょう。
後遺障害等級の認定機関は、症状固定後の治療期間や頻度、残存した症状の程度等を新たに調査する等して、当初の認定を覆して,後遺障害に該当すると認定することがあります。

このように、相手方保険会社から打切りを宣告される等して,通院を終了すべきかどうかの判断を迫られた場合,症状固定時期はいつか,打切り後の治療費の回収可能性、症状固定後の後遺障害の認定可能性、異議申立ての可否等、さまざまな事情を総合的に考慮して決断しなければなりません。
保険会社に打切りを示唆されたら、対応を誤らないために、弁護士に相談することをお勧めします。

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債権法改正(定型約款に関する規定の創設)

平成29年5月26日,民法の一部を改正する法律が成立し,契約に関するルール(債権法)が,明治29年以来,約120年ぶりに改正されることになりました。

今回の改正は,取引社会を支える最も基本的な法的基礎である契約に関する規定を中心に,社会・経済の変化への対応を図るための見直しを行うとともに,民法を国民一般に分かりやすいものとする観点から実務で通用している基本的なルールを適切に明文化することとしたものです。

改正法は,平成32年4月1日から施行されることが決まり,弁護士業界においても改正法の勉強会等があちこちで開催されています。

 

そこで,特に重要な見直しのひとつといえる,定型約款に関する規定の創設についてご紹介します。

 

現代社会においては,多数の人が,日々,電車・バスに乗る,電気・ガス・水道を使う,銀行口座を開設して預金する,インターネットを閲覧する,インターネットを通じて物を買う等の取引行為をしています。

こうした大量の取引を迅速かつ安定的に行うために,事業者は,約款(不特定多数の利用者との契約を処理するため,あらかじめ定型的に定められた契約条項)を用いることが必要不可欠ですが,これまでの民法には,約款に関する規定がありませんでした。

 

民法の原則では,契約の当事者は,契約の内容を認識した上で取引を行う旨の意思表示をしなければ,契約に拘束されることはありません。

しかし,上記のような取引をする利用客の多くは,約款に記載された個別の条項を認識していないため,約款中の個別条項の拘束力の有無,約款変更の可否等について,紛争が生じるおそれがあります。

そこで,改正法は,約款を用いた取引の法的安定性を確保するため,定型約款に関する規定を創設し,概要,次のように規定しました。

 

1 定義

「定型取引」とは,ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって,その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものをいう。

「定型約款」とは,定型取引において,契約の内容とすることを目的としてその特定の

者により準備された条項の総体をいう。

 

2 定型約款の合意

定型取引を行うことの合意をした者は,①定型約款を契約の内容とする合意をしたとき,または,②定型約款を準備した者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたときは,定型約款の個別の条項についても合意をしたものとみなす。

ただし,信義則に反して,利用者の権利を害する条項は無効とする。

 

3 定型約款の変更

定型約款を準備した者は,次の①及び②の条件を満たす場合に限り,定型約款の変更をすることにより,個別に相手方と合意をすることなく契約の内容を変更することができる。①定型約款の変更が,相手方の一般の利益に適合するとき。

②定型約款の変更が,契約をした目的に反せず,かつ,変更の必要性,変更後の内容の相当性,この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき。

 

「合理的」,「社会通念」,「一般の利益」,「相当性」等,一義的に定まらない文言が使われているので,紛争が生じるおそれはゼロとはいえませんが,定型取引の円滑化の要請に応えつつ,利用者の利益にも配慮した建前となっています。

素因減額(心因的要因)

前回に続いて,今回は,心因的要因を理由とする素因減額についてリーディングケースとなった最高裁判所判決をご紹介します。

 

心因的要因とは,具体的な定義があるわけではなく,被害者の精神的傾向のことをいいます。

「広義の心因性反応を起こす神経症一般をさすが,賠償神経症,詐病のような被害者帰責と評価できる場合も含む」と説明する文献もあります(最高裁判所判例解説昭和63年度民事編184頁)。

 

<性格(自己暗示にかかりやすく,自己中心的で,神経症的傾向が極めて強い)等>

昭和63年4月21日最高裁判決は,事故により頭部外傷性症候群の症状を発した後,10年以上の入通院を継続した事案について,「身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において,その損害がその加害行為のみによって通常発生する程度,範囲を超えるものであって,かつ,その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているときは,損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし,裁判所は,損害賠償の額を定めるに当たり,その損害の拡大に寄与した被害者の右事情を斟酌することができる」として,事故後3年を経過した日までに生じた損害についてのみ事故と相当因果関係があるとしつつ,被害者の特異な性格に起因する症状が多く,初診医の診断は被害者の言動に誘発された一面があり,被害者の回復への自発的意欲の欠如等があいまつて,適切さを欠く治療を継続させた結果,症状の悪化とその固定化を招いたと考えられるとし,3年間に生じた損害は,本件事故のみによって通常発生する程度,範囲を超えているものということができ,かつ,その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与していることが明らかであるとして,4割の限度に減額しました。

 

<うつ病親和性,病前性格>

平成12年3月24日最高裁判決は,長時間残業を継続しうつ病にかかり自殺した事案について,「業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り」,その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じたうつ病り患による自殺という損害の発生又は拡大に寄与したとしても,そのような事態は使用者として予想すべきものということができ,かつ,使用者は,労働者の遂行すべき業務の内容を定める際に,各労働者の性格をも考慮することができるのであるから,「業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり,その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を,心因的要因として斟酌することはできない」としました。

この判決は,継続的な労使関係にない当事者間における交通事故事件には妥当しないとの見解もあり得ますが,身体的素因についての平成8年10月29日最高裁判決と同様,心因的要因の場面でも,個々人の個体差の範囲内に収まっている場合には,素因減額をしてはならないという考え方を踏襲したものといえます。

 

加害者側の保険会社から,被害者のストレス耐性の低さや脆弱性を理由として,素因減額を指摘される例が少なくありません。

素因減額の可否やその程度は,事案ごとに個別具体的に判断されますから,素因減額が問題となっている場合,弁護士にご相談ください。

素因減額(身体的素因)

交通事故の被害者に既往症があったために治療期間が長期化した等,損害の拡大について被害者自身に原因がある場合,裁判実務上,損害の公平な分担という観点から,損害賠償額が減額されることがあります。

このことを,素因減額といいます。

素因は,身体的素因と心因的要因に大別されます。

身体的素因とは,被害者の既往症の疾患や身体的特徴等のことです。

身体的素因を理由とする素因減額についてリーディングケースとなった最高裁判所判決をご紹介します。

 

<一酸化炭素中毒の既往症>

平成4年6月25日最高裁判決は,事故による頭部打撲傷のほか,事故前からり患していた一酸化炭素中毒が死亡の原因になった事案について,「被害者に対する加害行為と被害者のり患していた疾患とがともに原因となって損害が発生した場合において,当該疾患の態様,程度などに照らし,加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは,裁判所は,損害賠償の額を定めるに当たり,被害者の当該疾患をしんしゃくすることができる」として,50%の減額をした原審の判断を是認しました。

 

<首が長いという身体的特徴>

平成8年10月29日最高裁判決は,首が長くこれに伴う多少の頸椎不安定症がある身体的特徴をもつ事案について,平成4年6月25日最高裁判決を前提にしつつ,「しかしながら,被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても,それが疾患に当たらない場合には,特段の事情の存しない限り,被害者の右身体的特徴を損害賠償の額を定めるに当たり斟酌することはできない」。なぜなら,「人の体格ないし体質は,すべての人が均一同質なものということはできないものであり,極端な肥満など通常人の平均値から著しくかけ離れた身体的特徴を有する者が,転倒などにより重大な傷害を被りかねないことから日常生活において通常人に比べてより慎重な行動をとることが求められるような場合は格別,その程度に至らない身体的特徴は,個々人の個体差の範囲として当然にその存在が予定されている」からとして,4割の減額をした原判決を破棄して,原審に差し戻しました。

 

これらの最高裁判所の考え方は,「疾患」にあたる身体的素因であれば減額し,「身体的特徴」にとどまる身体的素因であれば減額しない,と概括することができるでしょう。

といっても,「疾患」と「身体的特徴」の線引きが難しいケースは少なくありません。

既往症や素因減額が争われた場合,交通事故に詳しい弁護士にご相談ください。

家屋改造費

交通事故の被害者が重篤な後遺症を負った場合,これまで暮らしていた住居をバリアフリー化するために,改造する必要が生じることがあります。
家屋の改造に要する費用(家屋改造費)については,受傷の内容,後遺症の程度・内容等の具体的な事情を考慮して,必要性が認められれば,相当額を加害者に賠償請求することができます。

例えば,四肢の完全麻痺等の重度な後遺症が残った場合,自宅内における車椅子による移動や,基本的な生活動作を可能とするために,
・スロープや手すりの設置
・自宅内の段差の解消
・トイレや浴室の改造
・車椅子用のエレベーターや階段昇降機の設置・管理
等に要する費用を損害として認める裁判例が多くみられます。
ただし,過剰な改造や,高級仕様になっている等として,賠償金額が制限されることもあります。

また,自宅が改造に適さない場合,新たに介護用住宅を建築したり,住居が賃貸物件であれば,介護用住宅へ転居する必要が生じることもあります。
このような場合,新築工事費用,転居費用・家賃の差額等について賠償請求するためには,新居工事や転居の必要性と相当性を主張・立証しなければなりません。
例えば,
・家屋の築年数が古く,改造に堪えられないこと
・車椅子による移動をするための十分な空間を確保することができないこと
・自宅が賃貸物件であって改造が禁止されていること
・自宅を改造するより新築するほうが経済的であること
等です。

家屋改造費,新築工事費用等,高額な費用を支出する前に,一度,弁護士に相談されるとよいでしょう。