車両損害(全損と分損)

交通事故によって車両に損傷が生じた場合,その損害額が争われることが少なくありません。

車両が壊れると,通常,その車両を修理しますが,車両が大破して修理することができないときは,新しい車両を購入する必要が生じます。

修理可能な場合を「分損」といい,技術的に修理不可能な場合を「物理的全損」といいます。

修理が可能であっても,例えば,修理費用が車両の再調達価格を超える場合を「経済的全損」といって,修理費用を請求することはできません。

再調達価格とは,通常,事故当時の車両の時価額及び買替諸費用の合計額をいいます。

 

しかし,保険会社は,車両時価額のみを修理費と比較して経済的全損と判断し,時価額を限度に賠償すると主張することが少なくありません。

修理費と時価額が近接しているケースでは,経済的全損とならない可能性もありますから,ご注意ください。

 

以下,東京地方裁判所平成14年9月9日判決(抜粋)をご紹介します。

“一般に,車両が事故により損傷した場合に,車両を修理することによって原状回復が可能であるならば,修理費相当額をもって損害と解すべきであるが,修理費相当額が事故前の事故車の市場価格をはるかに超える場合には,いわゆる経済的全損であって,修理費相当額を請求することは許されないと解されている。これは,損害賠償制度の目的が,被害者の経済状態を被害を受ける前の状態に回復することにあり,被害者が事故によって利得する結果となることは許されないとの考慮が働いているからであると思われる。

ところで,車両が全損と評価される場合には,被害者は,被害車両を修理して再び使用することはできず,元の利益状態を回復するには同種同等の車両を購入するほかない。したがって,被害車両に投下した車検費用等については,その出捐に見合う使用ができなくなることになるから,残存車検費用のうち,少なくとも時価額に包含される部分を超える限度において事故による損害と認められるべきであるし,新たな車両の購入に伴って生ずる諸費用は,車両の取得行為に付随して通常必要とされる費用の範囲内において,事故による損害と認められるべきである。これら費用等が認められて初めて,被害者の経済状態は被害を受ける前の状態に回復されたといえる。

こうしてみると,いわゆる経済的全損か否かの判断に当たって,修理費の額と比較すべき全損前提の賠償額については,車両時価額のみに限定すべき理由はなく,これに加えて,全損を前提とした場合に事故による損害と認められるべき車検費用や車両購入諸費用等を含めた金額であると解すべきであり,逆に,修理費の額が,車両時価額を上回っていたとしても,これが,車両時価額と全損を前提とした場合に事故による損害と認められるべき諸費用を加えた額を下回る場合には,もはや経済的全損と判断することはできず,修理費の請求が認められるべきである。”