民法改正案(持ち戻し免除の推定)

前回に引き続き,今日は民法改正案で議論されている,持ち戻し免除の推定規定についてお話します。

そもそも持ち戻し免除につきご存知ない方もいらっしゃると思いますので,そこからご説明します。

持ち戻し免除を理解するためには,まず,特別受益の制度について知っておく必要があります。

被相続人の生前に,①遺贈,②結婚または養子縁組のための贈与,③生計の資本として受けた贈与を受けた相続人がいる場合には,原則として①②③の受益を考慮して遺産分割を行います。
これが特別受益の制度であり,相続人間の公平に配慮した制度です。

例えば,遺産が9000万円で相続人が子供A,子供B,子供Cの3人,Aさんだけが生計の資本として過去に3000万円受け取っていたとすると,まず9000万円からAさんが受け取った3000万円を遺産へ「持ち戻し」,1億2000万円が遺産であるとしたうえで,子供3人へ分配し,1人が4000万円を受け取ることになります。

具体的な9000万円の分け方としては,Aさん1000万円,Bさん4000万円,Cさん4000万円です(Aさんは生前3000万円貰っているので,トータルで全員4000万円になります)。

このように,特別受益の計算の際には,実際に存在する遺産に,過去の受益を「戻して」から計算をするので,「持ち戻し」と表現するのです。

被相続人が,あえて相続人が受け取る金額に差を設けようとしていた場合等,特別受益の持ち戻しをしなくて良いという意思を有していた場合には,持ち戻しをする必要がなくなります。
これを持ち戻しの免除といいます。

上記の例で持ち戻し免除の意思表示がされていると,9000万円の遺産をABCで3000万ずつ分けることになります(Aさんだけ生前に3000万円もらっているのでトータル6000万円になります)。

しっかりと持ち戻し免除の意思を表した書面が作成されていれば良いですが,そうではない場合には,持ち戻し免除の意思があったかなかったのかが争われることがあり,証拠が不十分であれば,原則どおり,特別受益として持ち戻すこととなります。

今回改正案で議論されているのは,20年以上の婚姻歴のある配偶者に,自宅を贈与した場合には,持ち戻し免除の意思を推定しようというもので,現実問題として持ち戻し免除の意思を表した書面が作成されることは少ないなかで,自宅について,配偶者が特別受益による持ち戻しにより失うことを避けようという立法政策となります。

前回お話した配偶者居住権と同じく,配偶者の生活拠点たる自宅を保護しようという意思が強く感じられるところです。

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民法改正案(配偶者居住権等について)

相続法分野は,法改正や,最高裁判例の変更が比較的多い分野ですので,業務で使う弁護士としては,日々チェックが欠かせません。

最近では,それまでは当然分割であるとして遺産分割の対象ではなかった預貯金について,遺産分割の対象となるとした最高裁決定(平成28年12月19日)が記憶に新しいところです。

さて,現在法務省,法制審議会では,相続に関する複数の大きな変更について議論がされています。
今日は,これらの審議案のうち,配偶者の居住権と,なぜそれが議論されているのかについて書いていきたいと思います。

配偶者の居住権については,一時的な保護としての短期(半年ないし1年)の居住権と,長期の居住権の2つの制度が議論されていますが
今日のお話は長期居住権についてです。

長期居住権とは,自宅の権利を所有権と居住権に分けることで,居住権の金銭評価を下げ,配偶者が自宅に住み続けやすいようにしようとしています。
少し難しいと思いますので,現代の遺産分割の問題点について説明していきます。

まず前提として,念頭に置かれているケースは,
①遺された配偶者の方は比較的高齢で,1人で生計を立てられるほどの収入,貯金がなく,老人ホームやヘルパー等,将来の出費が見込まれること
②遺産の預貯金が,(配偶者の支払うべき代償金を考慮してもなお配偶者に残るほど)潤沢にあるわけではないこと
③法定相続分を基軸に分けようとすること

という家庭の相続のケースです。
①②についてはほとんどの家庭が当てはまりますし,③についても現代の方々の多くが法定相続分を意識していますので,①②③に当てはまるご家庭はかなり多いのです。
このようなケースの場合,
「法定相続分を基本に財産を分けようとすると,配偶者が家を相続できなくなったり,なんとか家を相続できたとしても,将来の生活が脅かされる可能性」があります。

たとえば,自宅の価値が土地建物で5000万円,遺された預貯金が2000万円とします。相続人は配偶者と子供が1人であるとすると,法定相続分は3500万円ずつです。
遺された配偶者が自宅に済むために,自宅の登記名義を配偶者にするためには,預貯金を全て子供に渡した上で,さらに1500万円を代償金として支払わないと自宅を取得できません。
1500万円を払うことのできる配偶者の方はそう多くはありませんし,仮になんとか払えたとしても,将来かかる老人ホーム費用等の出費に耐えうる貯金を失うと,生活の基盤が脅かされてしまいます。

本改正は,自宅の価値5000万円を,例えば,所有権3000万円,居住権2000万円と分けることにより
(実際には何年居住することになるのかにより評価は異なることになります),配偶者が居住権を取得した上で,預貯金の一部を引き継いだり,支払うべき代償金を減らすことで,配偶者の生活の安定を目指した制度なのです。

なぜ,この制度が必要になるか,昔は問題とならなかったのか につきましては,上記①②は従前から変わりませんが,③の権利意識が,ここ数十年で大きく高まっているということが挙げられます。

上記の問題は「お母さんが亡くなるまでは土地建物はお母さん名義で良いよ。預金は半分にしよう」という法定相続分を無視した分け方であれば生じないのです。

今回の法改正は,国民の権利意識が高まってきたことにより生じた問題を,修正するための立法ということになります。

弁護士法人心東京駅法律事務所では,相続の案件を積極的に取り扱っております。