無差別殺傷事件の犯行動機 

たまには休日らしいことをしてみようと,急きょ予定を変更して,私が所属する東京駅法律事務所を抜け出して,映画館に行くことにしました。

ジャンルはコメディー,場所は銀座,アメリカ映画かイギリス映画,ちょうどよい上映時間,を条件に探したところ,ウディアレン監督作品に決定。

厭世的で自殺願望のある哲学科の教授が,悪徳判事を殺す計画をたてて実践することで,生きる喜びを見出していくというストーリー。

以下,少しだけネタバレにご注意ください。

殺害のきっかけは,たまたま同じ店内に居合わせた女性らの,悪徳判事によって親権をはく奪されそうになっていて窮地に追いやられている,判事の死を願っている,という会話を耳にしたこと。

見知らぬ女性を救うために見知らぬ判事を殺すことが,なぜ生き甲斐になるのか,私にはピンときませんでした。

一緒に観た友人は,善を助け悪を懲らしめる正義のヒーロー的感覚でしょう,設定としては特に無理はないとのこと。

たびたび出てきた実存主義の考え方とも関係があるのかもしれません。

 

そこで,現実に起きた同様の殺人事件の動機について少し調べてみたところ,2013年の法務省による無差別殺傷事犯に関する研究結果として,次の記載がありました。以下,抜粋です。

本研究において,無差別殺傷事件とは,「分かりにくい動機に基づき,それまでに殺意を抱くような対立・敵対関係が全くなかった被害者に対して,殺意をもって危害を加えた事件」としています。

無差別殺傷事件の犯行動機について,殺人事件の動機は,事件ごとに特徴があり,特に,無差別殺傷事件については,その性質上,動機は,一般的に理解し難いものであるが,ある程度の共通点を見いだすことは可能である。そのため,調査対象事件について,裁判所において認定された動機内容をそれぞれ精査した上で,共通点を抽出することとした。犯行動機としては,Ⅰ「自己の境遇への不満」,Ⅱ「特定の者への不満」,Ⅲ「自殺・死刑願望」,Ⅳ「刑務所への逃避」,Ⅴ「殺人への興味・欲求」の五つの類型を見いだすことができる。

Ⅰ「自己の境遇への不満」とは,自己の置かれた境遇や現状に対する不満やいら立ち等を晴らすため,無差別殺傷事件に及ぶものであり,例えば,自己に発生した事柄について不満を抱いて,その気持ちを晴らすための憂さ晴らしとして他人に対する殺害を考えるもの,自己が正当に評価されていないことから社会に不満を抱き,社会の構成員を殺害しようと考えるものなどをいう。

調査対象者においては,Ⅰ「自己の境遇への不満」型が最も多く,Ⅲ「自殺・死刑願望」 型,Ⅴ「殺人への興味・欲求」型は多くはない。

 

なるほど。映画の教授も,Ⅰ「自己の境遇への不満」型に属するといえそうです。

自己正当化のために正義のヒーローに名を借りた,憂さ晴らしというのが実態でしょうか。