代車の使用期間

交通事故により被害車両が損傷し、修理や車の買い替えに要する期間、代車の使用を余儀なくされたにもかかわらず、加害者側の保険会社が、実際に代車を借りた期間の代車代の(一部の)支払いを拒むことがあります。

代車の使用期間が争点となる場合、裁判所は、諸事情を考慮して必要かつ相当な期間についてのみ代車の使用料を認定します。

ご紹介する裁判例(平成19年2月28日東京地方裁判所判決)は、修理費・時価額・過失割合について被害者と加害者が熾烈に争った結果、修理や買い替えることができないまま代車の使用期間が長期化し、訴訟に至ったという典型例です。

平成17年9月19日発生の事故の被害者(原告)は、次のように主張して、平成18年2月5日までに支払った代車使用料として383万2930円を請求しました。

 「本件事故後、原告X1は、被告が加入する損害保険会社(以下「被告損保会社」という。)の担当者(以下「損保担当者」という。)から、過失相殺を主張され、修理代は90パーセントしか出せないし、代車は一切出せないと言われた。そこで、原告X1がディーラーに相談したところ、平成17年10月2日から同月15日まで、代車を無料で借りることができたので、原告車両を見積りと修理に出した。ところが、塗装の範囲、代車、過失相殺について被告損保会社ともめたため、結局、塗装前に修理を中断した。そのうち、代車を無料で借りることができる期間を経過してしまい、原告X1が費用を負担してレンタカーを借りることになった。その後、ディーラーが被告損保会社に確認をし、被告損保会社が修理代の支払を了解したということで、同月22日に修理を完了させた。しかし、結局修理代を全額支払ってもらえないという話になり、原告X1に原告車両を返還してもらえない状態になっている。その間に、原告X1は高額のレンタカー代を支出するなど、その被害が拡大し、取り返しのつかない損害を被るに至った。最終的に、平成18年4月には、原告X1はやむなく別の車両を購入している。 

      本件紛争がここまで複雑化したのは、当初の段階で、損保担当者が、代車代を一切出さないと言ったことに起因している。そして、原告X1は、その代わりに、修理の範囲を部分塗装とするなら過失相殺を一切しない形で賠償してもらえないかと交渉したが、否定されたため話し合いにならなかった。その後、被告代理人弁護士が選任され、初めて代車代を出すという話が出たが、被告代理人弁護士が過失割合について被告損保会社の見解(9:1)と異なる見解(8:2)を主張するに至ったことから、原告X1としても、容易に示談に応じることができなくなった次第である。このように、本件事故から本件訴訟に至るまでの経過において、原告X1の責めに帰すべき事情は全くない。よって、原告X1が請求する前記代車使用料相当の損害金が認められるべきである。」

これに対し、加害者(被告)は、次のように、平成17年10月4日から同月22日までの代車使用料として6万8880円のみ認めると主張しました。

 「原告車両が修理工場に納車されたのは、平成17年10月4日であり、修理が終了して納車されたのは、同月22日である。また、原告X1が代車を借りたのは同月17日からであるから、代車使用料が本件事故と因果関係のある損害として認められるのは、同月17日から同月22日までの分であるところ、被告の調査によれば、同月17日及び20日が1日当たり各1万3440円、同月18日、19日、21日、22日が1日当たり各1万0500円であるから、合計6万8880円となる。

同月22日の後のレンタカー代については、原告X1が不合理な主張に拘泥して自ら損害を拡大したものであるので、被告に賠償義務はない。
すなわち、本件事故後、原告X1と損保担当者は交渉していたが、当初、原告X1は自己の過失を全く認めなかった。その後、損保担当者は本件事故で損傷した左側面部分を修理範囲とする見積書を出し、この見積りに従って修理が開始された。同月13日、原告X1が被告に電話をかけ、原告X1の主張するとおり示談するよう強談したため、被告側は弁護士が交渉に当たることとなった。被告代理人は、原告X1に対し、同月18日付け通知書において、賠償の範囲として認められる代車使用料が修理期間分である旨説明しており、原告X1は、同月21日に、本件の賠償問題について弁護士に相談をしている。原告X1が全塗装にこだわっていたのは、部分塗装の場合、塗装部分と塗装しなかった部分が分かってしまうからとのことであったが、修理後の原告車両を見た原告X1は、塗装がきちんとなされていることを認めていた。それにもかかわらず、原告X1は、修理終了後も、部分塗装であるから被告が修理代を全額負担せよ、自己の過失割合はゼロである、原告X1がレンタカーを借りた全期間につきレンタカー代全額を支払え等の主張に固執したため、示談に合意することができなかった。同年11月6日、被告代理人は、原告X1が自己負担する費用の増大を憂慮し、円満な早期解決を図るため、被告の過失割合を9割とするところまで譲歩し、修理代92万4147円及びレンタカー費用6万8880円の合計額の9割である99万3027円を示談金額とする示談書を作成して、原告X1に郵送した。同月9日には、原告X1と被告代理人が面談し、原告X1は、示談書の内容に合意する、印鑑を持参していないので示談書は後日郵送する旨述べて、面談は終了した。しかし、示談書は郵送されず、同月16日になって、原告X1から損保担当者に対し、示談に応じられない旨の連絡があった。その後、何度か被告代理人が原告X1に連絡をとったが、原告X1は話し合いに応ずることがなかった。
なお、原告車両の納入前に被告に代理人弁護士が受任して適正な賠償額を提示しており、原告X1自身、弁護士に本件事故による賠償について相談しているから、被告側が代車使用料を認めなかったことをもって交渉期間が長引いたとはいえない。
仮に、同年10月22日後の代車使用料が認められるとしても、当初、原告X1が借り受けていたレンタカー代金は、1日当たり1万3440円又は1万0500円であったのに対し、同年11月11日から借り受けた代車は1日当たり2万8000円と著しく高額である。原告X1が平成18年4月7日に購入し登録した国産車の代金が25万0500円であったこと、原告X1の月収が50万円くらいであることからすると、原告X1には高級車使用の必要性はなかったと推認される。」

裁判所は、次のように、平成17年11月10日までの30万4930円を相当な代車使用料であると判示しました。

「ア 原告車両の修理が終了して納車された日である平成17年10月22日までの6日分(なお、それ以前の日については、無料で代車を借りることができたものであるから〔甲26、原告X1本人〕、原告X1に損害は発生していない。)の代車使用料6万8880円(甲5の2及び3、乙10、14)については、被告も認めるところである。
また、原告X1は、車両を通勤のために使用していたほか(早朝出勤であることも多い。)、家族の通院等のためにも使用していたものと認められるので(甲18の1ないし5、甲26、原告X1本人)、代車使用の必要性は認められる。
   イ 原告X1は、修理終了後も平成18年3月ころまで代車を使用し(甲5の1ないし5、甲6、甲13ないし15の各1及び2)、同月、25万0500円で中古の軽自動車を購入した(甲16、17)。原告X1が新たに中古車を購入したのは、原告車両の修理代を支払うことができないため、修理工場から原告車両の返還を受けられなかったからであること、修理代の支払ができなかったのは、原告X1と損保担当者あるいは被告代理人との交渉が合意に至らなかったためであること、原告X1と被告側との間では、修理代(修理の範囲)及び過失割合のほか、代車費用についても交渉の対象となっていたことが認められる(甲8の2、甲26、乙1の1、乙2の1、原告X1本人)。この間、双方がそれぞれ自己の見解を示す一方、解決案を提案しつつ交渉が進められており、損害額や責任の範囲について交渉が決着し、現実に賠償が行われるまでに一定の時間を要することは、交通事故損害賠償の交渉において稀なことではないから、原告X1のみに交渉が早期決着しなかったことの原因があるということはできず、損害の公平な分担の観点からは、交渉が長期化したことによる損害をすべて原告X1の負担とすることは相当ではない。しかし、損害賠償の範囲は不法行為によって通常生ずべき損害とするのが原則であるところ(民法416条参照)、本件では、修理代について、前記(1)の92万4147円で修理可能であることは原告X1も修理が終了するころまでには認識していたと考えられること(甲7の1及び2)、平成17年10月21日には、原告X1は弁護士に本件事故について相談していることがうかがわれること(乙17の1及び2)、同月29日付けで修理工場側において修理代92万4147円の請求書が作成され、原告X1に送付されていること(甲29)、同年11月上旬、被告代理人が、前記(1)の修理代92万4147円及び前記アの代車使用料6万8880円の合計額の9割相当額を支払うことを内容とする示談書を作成して原告X1に送付し、同月9日、原告X1と面談し、原告X1はその場では一応了承したものの(ただし、当日印鑑を持参し忘れたため、示談書の作成に至らなかった。)、後日、示談に応じかねる旨返答したこと(乙3、原告X1本人、弁論の全趣旨)、原告X1は、同月10日までは、被告が認める前記アの代車使用料(1日当たり1万0500円又は1万3440円)に係る代車と同一車両を同一のレンタカー会社から借りて使用していたが、同月11日以降、1日当たり2万8000円という2倍以上の価格で代車を借りるに至っていること(甲5の1ないし5、甲6、甲13ないし15の各1及び2)等の事実に照らすと、本件において相当な代車使用料は、平成17年11月10日までの分と認めるのが相当である。
   ウ したがって、代車使用料は、合計30万4930円(前記アの6万8880円を含む。)である(甲5の1ないし5)。」

なお、判決文中( )内の「甲」「乙」という記号は、原告と被告が提出した証拠の種類を示しています。