物的損害賠償請求権の消滅時効の起算点

物的損害賠償請求権と人的損害賠償請求権の時効期間が異なるために注意すべきケースとして、実際に裁判で争われ、最高裁判所が下級審(第1審と控訴審)の判断を覆した例をご紹介します。

本件の事案の概要は、次のとおりです。
・平成27年2月26日、X運転のバイクとY運転の乗用車とが接触する交通事故が発生し、Xのバイクが損傷し、Xは、頚椎捻挫等の傷害を負いました。
・Xは、遅くとも平成27年8月13日までに、本件事故の相手がYであることを知りました。
・Xは、通院による治療を受け、平成27年8月25日に、症状固定と診断されました。
・平成30年8月14日、XがYに対して人的損害及び物的損害の賠償を求めて訴訟提起しました。

訴訟提起すると時効の完成が猶予されるため、本件のように物的損害と人的損害を合わせて賠償請求した場合に、平成30年8月14日までに物的損害賠償請求権の時効が完成していたのか、すなわち、物的損害賠償請求権の時効の起算点である「損害及び加害者を知ったとき」をいつとみるべきかが、争点となりました。

Yは、本件事故の発生日(平成27年2月26日)から3年(平成30年2月26日)が経過したので、物的損害に関する損害賠償債務は、時効により消滅している、と主張しました。

Xは、人的損害及び物的損害を一つの損害として損害賠償請求をしているので、症状固定日(平成27年8月25日)が「損害及び加害者を知ったとき」であり、物的損害賠償請求権についても消滅時効は完成していない、と主張しました。

第1審(神戸地方裁判所令和元年11月14日判決)と控訴審(大阪高等裁判所令和2年6月4日判決)は、症状固定日(平成27年8月25日)を起算点とすべきであり、本件訴訟が提起された日(平成30年8月14日)までに消滅時効は完成していなかったとして、Yの主張を退けました。

しかし、最高裁判所(令和3年11月2日第3小法廷判決)は、控訴審の判断は是認することができないとして、物的損害賠償請求権の消滅時効は完成していると判示しました。

以下、同判決を引用します。

  「(1) 交通事故の被害者の加害者に対する車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の短期消滅時効は、同一の交通事故により同一の被害者に身体傷害を理由とする損害が生じた場合であっても、被害者が、加害者に加え、上記車両損傷を理由とする損害を知った時から進行するものと解するのが相当である。

 なぜなら、車両損傷を理由とする損害と身体傷害を理由とする損害とは、これらが同一の交通事故により同一の被害者に生じたものであっても、被侵害利益を異にするものであり、車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権は、身体傷害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権とは異なる請求権であると解されるのであって、そうである以上、上記各損害賠償請求権の短期消滅時効の起算点は、請求権ごとに各別に判断されるべきものであるからである。

 (2) これを本件についてみると、前記事実関係等によれば、被上告人(X)は、本件事故の日に少なくとも弁護士費用に係る損害を除く本件車両損傷を理由とする損害を知ったものと認められ、遅くとも平成27年8月13日までに本件事故の加害者を知ったものであるから、本件訴訟提起時には、被上告人(X)の上告人(Y)に対する不法行為に基づく上記損害の賠償請求権の短期消滅時効が完成していたことが明らかである。」

事故からすでに長期間が経過している方は、早めに弁護士にご相談ください。