素因減額(身体的素因)

交通事故の被害者に既往症があったために治療期間が長期化した等,損害の拡大について被害者自身に原因がある場合,裁判実務上,損害の公平な分担という観点から,損害賠償額が減額されることがあります。

このことを,素因減額といいます。

素因は,身体的素因と心因的要因に大別されます。

身体的素因とは,被害者の既往症の疾患や身体的特徴等のことです。

身体的素因を理由とする素因減額についてリーディングケースとなった最高裁判所判決をご紹介します。

 

<一酸化炭素中毒の既往症>

平成4年6月25日最高裁判決は,事故による頭部打撲傷のほか,事故前からり患していた一酸化炭素中毒が死亡の原因になった事案について,「被害者に対する加害行為と被害者のり患していた疾患とがともに原因となって損害が発生した場合において,当該疾患の態様,程度などに照らし,加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは,裁判所は,損害賠償の額を定めるに当たり,被害者の当該疾患をしんしゃくすることができる」として,50%の減額をした原審の判断を是認しました。

 

<首が長いという身体的特徴>

平成8年10月29日最高裁判決は,首が長くこれに伴う多少の頸椎不安定症がある身体的特徴をもつ事案について,平成4年6月25日最高裁判決を前提にしつつ,「しかしながら,被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても,それが疾患に当たらない場合には,特段の事情の存しない限り,被害者の右身体的特徴を損害賠償の額を定めるに当たり斟酌することはできない」。なぜなら,「人の体格ないし体質は,すべての人が均一同質なものということはできないものであり,極端な肥満など通常人の平均値から著しくかけ離れた身体的特徴を有する者が,転倒などにより重大な傷害を被りかねないことから日常生活において通常人に比べてより慎重な行動をとることが求められるような場合は格別,その程度に至らない身体的特徴は,個々人の個体差の範囲として当然にその存在が予定されている」からとして,4割の減額をした原判決を破棄して,原審に差し戻しました。

 

これらの最高裁判所の考え方は,「疾患」にあたる身体的素因であれば減額し,「身体的特徴」にとどまる身体的素因であれば減額しない,と概括することができるでしょう。

といっても,「疾患」と「身体的特徴」の線引きが難しいケースは少なくありません。

既往症や素因減額が争われた場合,交通事故に詳しい弁護士にご相談ください。