既存障害と加重障害(その2)

既存障害のある方が、今回の交通事故によって同一部位に後遺障害が残った場合、自賠責保険では、既存障害の程度を加重した場合に限って、加重した部分(「加重障害」といいます。)についてのみが支払われます。

 

例えば、事故前から右肩の関節の機能に障害のある方が、今回の交通事故によって左耳に聴力障害が残った場合、既存障害と交通事故による後遺障害の部位が異なるため、左耳の後遺障害のみが認定対象となり、既存障害は加重としての減額対象とはなりません。

 

では、事故前から右肩の関節の機能に後遺障害等級12級6号に該当する障害のある方が、今回の交通事故によって右手の関節に後遺障害等級10級10号に該当する著しい障害が残った場合は、どうでしょう。

右肩の関節と右手の関節は、同じ部位ではありません。

しかし、自賠責保険の実務では、加重の対象となる「同一部位」には、「同一系列」も含むとしています。

そして、右肩の関節と右手の関節は、いずれも「右上肢の機能障害」という同一系列に属するとされ、既存障害は加重としての減額対象となります。

具体的には、右肩の関節の12級6号と右手の関節の10級10号を併合して、今回の事故による後遺障害等級を併合9級と認定した上で、加重障害として、今回の併合9級の自賠責保険金616万円から既存障害12級の自賠責保険金224万円を差し引いた金額392万円が支払われることになります。

 

同様に、中枢神経の既存障害がある方が、新たに交通事故によって抹消神経障害を残した場合も、自賠責保険の実務では、中枢神経と抹消神経全体は、「神経系統の機能又は精神」という同一系列に属するとして、既存障害の程度を加重しない限り、後遺障害とは認めないという扱いがされていました。

 

ところが,後遺障害等級1級1号に該当する第9胸椎圧迫骨折による胸髄損傷(両下肢麻痺)の既存障害のある被害者が、車いすで交差点を進行中、乗用車に衝突され、後遺障害等級14級9号に該当する頸椎捻挫後の両上肢痛が残った事案について、東京高裁平成28年1月20日判決は、「(自動車損害賠償保障法)施行令2条2項にいう「同一の部位」とは、損害として一体的に評価されるべき身体の類型的な部位をいうと解すべきであるところ、本件既存障害と本件症状は、損害として一体的に評価されるべき身体の類型的な部位に当たるとは認められないから、「同一の部位」であるとはいえない」として、既存障害と本件障害とは加重障害として扱わず、別個の後遺障害として扱いました。

第1審である平成27年3月20日さいたま地裁判決を踏襲したもので、第1審判決は、「胸椎と頸椎とは異なる神経の支払領域を有し、それぞれ独自の運動機能、知覚機能に影響を与えるものであるから、本件既存障害と本件症状とは、損害として一体的に評価されるべき身体の類型的な部位に当たると解することはできず、「同一の部位」であるということはできない。」としています。

 

両下肢麻痺という既存障害があるとはいえ、事故前までは存在しなかった頸部痛、両上肢の痛み、痺れが残ったというのですから、事故によって新たに仕事上、私生活上の支障が生じていることでしょう。

本判決は、定型的・画一的な判断にとどまることなく、個別の被害実態を捉えて評価しており、今後の自賠責保険の実務に与える影響に注目したいと思います。

 

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