素因減額(心因的要因)

前回に続いて,今回は,心因的要因を理由とする素因減額についてリーディングケースとなった最高裁判所判決をご紹介します。

 

心因的要因とは,具体的な定義があるわけではなく,被害者の精神的傾向のことをいいます。

「広義の心因性反応を起こす神経症一般をさすが,賠償神経症,詐病のような被害者帰責と評価できる場合も含む」と説明する文献もあります(最高裁判所判例解説昭和63年度民事編184頁)。

 

<性格(自己暗示にかかりやすく,自己中心的で,神経症的傾向が極めて強い)等>

昭和63年4月21日最高裁判決は,事故により頭部外傷性症候群の症状を発した後,10年以上の入通院を継続した事案について,「身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において,その損害がその加害行為のみによって通常発生する程度,範囲を超えるものであって,かつ,その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているときは,損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし,裁判所は,損害賠償の額を定めるに当たり,その損害の拡大に寄与した被害者の右事情を斟酌することができる」として,事故後3年を経過した日までに生じた損害についてのみ事故と相当因果関係があるとしつつ,被害者の特異な性格に起因する症状が多く,初診医の診断は被害者の言動に誘発された一面があり,被害者の回復への自発的意欲の欠如等があいまつて,適切さを欠く治療を継続させた結果,症状の悪化とその固定化を招いたと考えられるとし,3年間に生じた損害は,本件事故のみによって通常発生する程度,範囲を超えているものということができ,かつ,その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与していることが明らかであるとして,4割の限度に減額しました。

 

<うつ病親和性,病前性格>

平成12年3月24日最高裁判決は,長時間残業を継続しうつ病にかかり自殺した事案について,「業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り」,その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じたうつ病り患による自殺という損害の発生又は拡大に寄与したとしても,そのような事態は使用者として予想すべきものということができ,かつ,使用者は,労働者の遂行すべき業務の内容を定める際に,各労働者の性格をも考慮することができるのであるから,「業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり,その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を,心因的要因として斟酌することはできない」としました。

この判決は,継続的な労使関係にない当事者間における交通事故事件には妥当しないとの見解もあり得ますが,身体的素因についての平成8年10月29日最高裁判決と同様,心因的要因の場面でも,個々人の個体差の範囲内に収まっている場合には,素因減額をしてはならないという考え方を踏襲したものといえます。

 

加害者側の保険会社から,被害者のストレス耐性の低さや脆弱性を理由として,素因減額を指摘される例が少なくありません。

素因減額の可否やその程度は,事案ごとに個別具体的に判断されますから,素因減額が問題となっている場合,弁護士にご相談ください。