物的損害賠償請求権の消滅時効の起算点

物的損害賠償請求権と人的損害賠償請求権の時効期間が異なるために注意すべきケースとして、実際に裁判で争われ、最高裁判所が下級審(第1審と控訴審)の判断を覆した例をご紹介します。

本件の事案の概要は、次のとおりです。
・平成27年2月26日、X運転のバイクとY運転の乗用車とが接触する交通事故が発生し、Xのバイクが損傷し、Xは、頚椎捻挫等の傷害を負いました。
・Xは、遅くとも平成27年8月13日までに、本件事故の相手がYであることを知りました。
・Xは、通院による治療を受け、平成27年8月25日に、症状固定と診断されました。
・平成30年8月14日、XがYに対して人的損害及び物的損害の賠償を求めて訴訟提起しました。

訴訟提起すると時効の完成が猶予されるため、本件のように物的損害と人的損害を合わせて賠償請求した場合に、平成30年8月14日までに物的損害賠償請求権の時効が完成していたのか、すなわち、物的損害賠償請求権の時効の起算点である「損害及び加害者を知ったとき」をいつとみるべきかが、争点となりました。

Yは、本件事故の発生日(平成27年2月26日)から3年(平成30年2月26日)が経過したので、物的損害に関する損害賠償債務は、時効により消滅している、と主張しました。

Xは、人的損害及び物的損害を一つの損害として損害賠償請求をしているので、症状固定日(平成27年8月25日)が「損害及び加害者を知ったとき」であり、物的損害賠償請求権についても消滅時効は完成していない、と主張しました。

第1審(神戸地方裁判所令和元年11月14日判決)と控訴審(大阪高等裁判所令和2年6月4日判決)は、症状固定日(平成27年8月25日)を起算点とすべきであり、本件訴訟が提起された日(平成30年8月14日)までに消滅時効は完成していなかったとして、Yの主張を退けました。

しかし、最高裁判所(令和3年11月2日第3小法廷判決)は、控訴審の判断は是認することができないとして、物的損害賠償請求権の消滅時効は完成していると判示しました。

以下、同判決を引用します。

  「(1) 交通事故の被害者の加害者に対する車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の短期消滅時効は、同一の交通事故により同一の被害者に身体傷害を理由とする損害が生じた場合であっても、被害者が、加害者に加え、上記車両損傷を理由とする損害を知った時から進行するものと解するのが相当である。

 なぜなら、車両損傷を理由とする損害と身体傷害を理由とする損害とは、これらが同一の交通事故により同一の被害者に生じたものであっても、被侵害利益を異にするものであり、車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権は、身体傷害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権とは異なる請求権であると解されるのであって、そうである以上、上記各損害賠償請求権の短期消滅時効の起算点は、請求権ごとに各別に判断されるべきものであるからである。

 (2) これを本件についてみると、前記事実関係等によれば、被上告人(X)は、本件事故の日に少なくとも弁護士費用に係る損害を除く本件車両損傷を理由とする損害を知ったものと認められ、遅くとも平成27年8月13日までに本件事故の加害者を知ったものであるから、本件訴訟提起時には、被上告人(X)の上告人(Y)に対する不法行為に基づく上記損害の賠償請求権の短期消滅時効が完成していたことが明らかである。」

事故からすでに長期間が経過している方は、早めに弁護士にご相談ください。

東京マラソン2024

今年もまた、東京法律事務所に、「東京マラソン2024 交通規制のお知らせ」が届きました。

開催当日は、マラソンコース及び沿道において長時間にわたり交通規制が実施されるため、ご協力ください、というお知らせです。

私の自宅周辺もマラソンコースとなっているので、毎年、自宅にも届きます。

宛名は「東京マラソンコース沿道の皆様」となっており、よく見ると、事務所に届いたものと、少し内容が異なります。「新宿区版」、「千代田区版」、「中央区版」など、8種類のお知らせをエリアごとに分けて配布しているようです。

事務所がお休みの週末は、日頃の運動不足を解消するために、自宅から職場までジョギングで通勤することがありますが、そのルートが東京マラソンコースと重なっているため、知らずにうっかり出かけると、あちこちで迂回することになり、予定が狂ってしまいます。今年は3月3日(日)、覚えておかなければ。

ところで、日頃、多数の交通事故による損害賠償請求事件を担当しているためか、ジョギングや歩行中に、どのような場所でどのような事故が発生しやすいか、警戒ポイントは心得ています。

通勤経路となる東京駅前の横断歩道はとても広く、多数の歩行者が横断しますが、黄色信号で交差点に進入したタクシーが、赤信号に変わっても(歩行者用信号は青色になっているのに)、何台も交差点内を通り過ぎていきます。

道路交通法上は歩行者優先といっても、譲る・待つ、という対策が身を守る最善の方法です。

2023年12月3日に開催された福岡国際マラソンでは、大会車両が競技者に接触して負傷させた事故が発生しました。

17回目となる東京マラソン2024は、3万8000人のランナーが参加するとのことです。

事故などが発生することなく、安全に行われますように。

交通事故による損害賠償請求権の消滅時効

交通事故の被害者が、長期間、加害者に対して損害賠償請求しないままでいると、損害賠償請求する権利が時効によって消滅する危険があります。

民法は、車の修理費、代車代等、物の損傷を理由とする損害(物的損害)と、怪我の治療費、慰謝料等、身体の傷害を理由とする損害(人的損害)とは、それぞれ異なる時効期間を定めているため、注意が必要です。

物的損害賠償請求権は、被害者が損害及び加害者を知った時から3年経過すると、時効が完成します。
人的損害賠償請求権は、被害者が損害及び加害者を知った時から5年経過すると、時効が完成します。

3年や5年は長いと感じる方も多いかもしれませんが、事故で重傷を負うと、請求時には事故から3年、5年が経過しているケースも珍しくありません。

例えば、次のようなケースです。

バイクを運転中にトラックに撥ねられ、多数か所を骨折した被害者が、数か月入院し、退院後も経過観察やリハビリのために通院を続けました。しばらくして、加害者の保険会社に治療費の支払いを打ち切られましたが、その後も2年間治療を続け、結局、複数の症状が残ったまま症状固定となりました。
そこで、自賠責保険会社に対して後遺障害の申請をしたところ、等級認定機関(損害保険料率算出機構)が種々の医療照会を実施して、事故から3年6か月後に結果が出ました。
ところが、その結果は受け入れがたい内容であったため、さらなる資料を収集して、自賠責保険会社に対して異議申立てをしたところ、事故から4年6か月後にようやく納得のいく結果が出ました。
事故によりバイクは廃車となりましたが、治療費支払いの打切り後は、加害者の保険会社から連絡がなくなり、負傷してバイクに乗ることができないので買い替えることもなく、バイクや事故時に身に着けていた衣服やヘルメット等、物的損害について請求していませんでした。
そこで、異議申立てをして後遺障害の結果が出た後、人的傷害と物的損害を合わせて賠償請求しました。

このように、治療を続けたり、後遺障害の申請をしているうちに事故から数年が経過している場合は、物的損害賠償請求権や人的損害賠償請求権が時効によって消滅することのないよう、時効の完成猶予や時効の更新という手を打っておかなければなりません。

事故からすでに長期間が経過している方は、早めに弁護士にご相談ください。

当事者尋問における真実擬制

民事訴訟の当事者は、当事者尋問において宣誓した上で虚偽の陳述をしたとき、過料に処せられることはあっても、偽証罪に問われることはありません。

もっとも、民事訴訟の当事者には、刑事被告人に認められている黙秘権がなく、当事者が、正当な理由なく、出頭しなかったり、宣誓や陳述を拒んだときは、裁判所が尋問事項に関する相手方の主張を真実と認める可能性があります(民事訴訟法208条に基づく効果です。)。

「正当な理由」とは、例えば、本人の病気、交通機関の途絶、尋問が決定する前から予定されていた海外旅行等が考えられ、「陳述したくない」「訴訟で負けるおそれがある」等の主張は、これに当たりません。

当事者は、「正当な理由」があることを主張立証しなければなりません。

当事者が出頭しなかったケースの裁判例として、東京地方裁判所平成14年10月15日判決をご紹介します。

Y1(出版社)が「週刊文春」に、X1(化粧品会社)の社長であるX2が女性従業員にセクシャルハラスメントまがいの行為をしているとする記事を掲載したところ、Xらは、同記事により名誉を毀損されたなどと主張して、Y1と編集長(Y2)と担当記者(Y3)に対し、X1につき慰謝料6億5000万円及び弁護士費用5000万円、X2につき慰謝料2億7000万円及び弁護士費用3000万円の計10億円の支払と謝罪広告の掲載を求めました。

Yらは、同記事の真実性を立証するとしてX2の尋問を申請し、裁判所は、その尋問の必要性を認めて、X2を2回にわたって呼び出しましたが、X2は、いずれも出頭せず、①尋問に出頭することで二次的被害を受ける可能性が高かったこと、②X2の尋問は必要性がなかったことから、出頭しないこととしたものであり、不出頭には正当な理由があると主張しました。

本判決は、まず、②について、「尋問の必要性を判断するのは、当事者尋問の採否を決定する裁判所であって当事者ではないから、当事者が必要性がないと自ら判断して出頭しなくてよいというものではなく、正当な理由に当たらないことは明らかである。」とし、次に、①について、「当事者尋問においても、争点に関係のない質問や当事者を侮辱する質問等をしてはならず、裁判長は、申立により又は職権で、そのような質問を制限することができる(民事訴訟規則127条、115条2項、3項)とされており、不当な質問は、最終的には裁判長の訴訟指揮によって解決されることを予定しているのであるから、当事者が裁判長の判断を待たずに、自己が不当と考えた質問に対する供述を拒否することができるものではないし、いわんや、不当な質問がなされるおそれを理由として出頭しないことが正当とされるものでもない。」として、民事訴訟法208条により、尋問事項に関するYらの主張を真実と認めることができるとしました。

そして、明らかに尋問事項に含まれると認められる同記事の一部につきYらの主張を真実と認め、違法性を否定し、その余の部分については、真実であるとは認められず、真実と信じたことについて相当な理由も認められないとして、Yらに対し、X1につき慰謝料100万円及び弁護士費用10万円、X2につき慰謝料50万円及び弁護士費用10万円の計170万円の支払を命じました。

証人尋問と当事者尋問

交通事故の被害者が加害者に対して損害賠償を請求しても、話合いで解決することがきない場合に、訴訟提起(裁判)することがあります。

訴訟になると、交通事故の目撃者等、訴訟当事者(原告と被告)ではない第三者を証人として尋問したり、訴訟当事者本人を尋問することがあります。

前者を証人尋問、後者を当事者尋問といい、証人や当事者が法廷で尋問されて述べたことは、証拠として扱われます。

証人尋問と当事者尋問は、訴訟手続き上、次のような違いがあります。

訴訟のルールとして、証拠は、原告(訴えた側)と被告(訴えられた側)が、それぞれ自ら収集して提出すべきとされているため、原告や被告が特定の証人を尋問したいと申し出なければ、裁判所は、証人尋問することはできません。

他方、当事者本人の尋問については、原告や被告の申出がなくても、裁判所の判断で行うことができるとされています。

証人が正当な理由なく出頭しないときは、10万円以下の罰金に処せられたり、10万円以下の過料という制裁金の支払を命じられる可能性があります。

他方、当事者が正当な理由なく出頭しないときは、10万円以下の過料に処せられる可能性があるのみで、罰金等の刑罰が科されることはありません。

宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、偽証罪として3月以上10年以下の懲役に処せられる可能性があります。

他方、宣誓した当事者が虚偽の陳述をしたときは、10万円以下の過料に処せられる可能性があるのみで、偽証罪に問われることはありません。

交通事故の被害者による損害賠償請求訴訟では、過失割合が争点となる場合に当事者尋問が行われることが少なくありません。

ほとんどの交通事故は一瞬の出来事ですから、事故が発生した状況を、当事者の記憶に基づいて正確に陳述することは至難です。

弁護士は、依頼人である当事者が適切に陳述することができるよう、あらかじめ尋問事項を想定し、依頼人とリハーサル等して、尋問の準備をします。

自転車用ヘルメットの購入と運転免許証自主返納

自宅のポストに投函された区報の一面記事が目に留まり、区の仕事ぶりを知るためにも、珍しく目を通してみました。

その記事は、「自転車用ヘルメット購入補助制度が始まります。区内対象店舗で3000円以上の安全基準を満たしたヘルメットの購入で2000円引き!」といった内容です。

令和5年4月1日から改正道路交通法が施行され、すべての自転車利用者のヘルメット着用が努力義務化されたことに伴い、区民のヘルメット着用を促進するための制度です。

東京都も、こうした動きを加速させるため、区市町村が行う自転車乗車用ヘルメットの購入助成額に対し、補助を実施しています。

警視庁の調査によると、東京都のヘルメット着用率は10.5%(令和5年7月時点)とのことです。

たしかに、東京都内を走る自転車を見ると、ヘルメットを着用していない方のほうが多いです。

さらに読み進めると、「70歳以降の方へ 運転免許証自主返納をサポートします」の見出しが。

「運転に不安を感じたり、家族から心配されたりしたら、運転免許証の返納を検討してみませんか。すべての運転免許証を自主返納して申請すると、公共交通機関利用時に使える5000円分チャージ済みの交通系ICカードを交付します。」といった内容です。

交通系ICカードの交付は、公共交通機関が発達した東京都区部の方にとっては、自主返納の促進剤になるかもしれません。

私は、区報を読むまで、これらの制度を知りませんでした。

区報は、毎月2回、12ページ程度のカラー印刷物が自宅に配布されるので、相当な費用を要するはずです。

費用に見合った政策の効果が得られることを期待します。

安全運転のしおり

運転免許証更新の講習の際、「わかる 身につく 交通教本」の他に、「安全運転のしおり たくさんんの 笑顔が走る 首都東京」もいただきました。

こちらも興味深い情報が多数掲載されています。

令和4年の全国における交通事故死者数は2610人となり、警察庁が保有する昭和23年以降の統計で最小とのことです。

発生件数は30万0839件、負傷者数は35万6601件、いずれも18年連続して減少しています。

令和4年の東京都内における交通事故死者数も、戦後最小の132人ですが、発生件数(3万0170件)、負傷者数(3万3429件)は前年より増加しています。

都内における死亡事故は、歩行中(37.9%)→二輪車乗車中(30.3%)→自転車乗車中(22.7%)→四輪車乗車中(8.3%)の順に亡くなった方が多く、四輪車乗車中に亡くなった11人のうち4人はシートベルを着用していませんでした。

都内における一般道路のシートベルト着用状況は、運転者(99.3%)、助手席同乗者(97.3%)、後部座席同乗者(52.3%)とのことです。

車に乗ったら、まずシートベルトをすることが習慣になっている私には、後部座席同乗者のシートベルト着用率の低さに驚きました。

ただ、前年比は(+6.5%)と着用率が増加しているので、次第に「後部座席でも、まずシートベルト」が定着してものと思われます。

運転免許証の更新

「運転免許証更新のお知らせ」が届きました。

ああ、もう5年経ったのね、時が経つのは早すぎるなどと思いつつ、東京法律事務所の最寄りの運転免許更新センターに行ってきました。

視力検査や写真撮影を終えると、30分の講習を受けます(動画を見ます。)。

この動画がよくできていて、30名ほどの他の受講者も、みな真面目に見ている様子です。

私は、ふだん車の運転をしないこともあって、いつも優良運転者講習を受けますが、一般運転者講習(1時間)、違反運転者講習(2時間)、初回更新者講習(2時間)もあるので、他の動画もみてみたいと思います。

また、「わかる 身につく 交通教本」という100頁超の冊子もいただきます。

冒頭の「トピックス」には、最近の道路交通法例の改正点等について、分かりやすく説明しています。

令和5年4月版には、次のような項目が掲載されています。

1 特定自動運行に係る許可制度の創設に関する規定の整備(令和4年4月27日交付 令和5年4月 1日施行)

2 新たな交通主体の交通方法等に関する規定の整備(令和4年4月27日交付)

①特定小型原動機付自転車(電動キックボード等)の交通方法等(令和5年7月1日施行)

②遠隔操作型小型車(自動配送ロボット等)の交通方法等(令和5年4月1日施行)

3 運転免許証と個人番号カード(マイナンバーカード)の一体化に関する規定の整備(令和4年4月27日交付 3年以内に施行予定)

この冊子は、勉強になる情報満載で、「保存版」と書いてあるとおり、保存したくなる内容です。

運転代行サービス利用中の交通事故(自賠責保険金請求の可否)

運転代行業者のドライバーが、運転代行サービスの利用客の所有車に利用客を乗車させて運転中、過失運転によって交通事故を発生させた結果、利用客を負傷させた場合、利用客は、事故に遭った自分の車を被保険自動車とする自賠責保険金を請求することは可能でしょうか。

自動車損害賠償保障法は、次のように定めています。

2条3項 この法律で「保有者」とは、自動車の所有者その他自動車を使用する権利を有する者で、自己のために自動車を運行の用に供するものをいう。

3条本文 自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によって他人の生命又は身体を害したときは、これによって生じた損害を賠償する責に任ずる。

利用客は自分の所有者に乗車中に事故に遭ったため、代行業者は、2条3項の「保有者」に当たらないのではないかが問題となります。

また、3条の「他人」とは、 自己のため自動車を運行の用に供する者(運行供用者)及び運転者以外の者をいうと考えられているため(最高裁判所昭和47年5月30日第3小法廷判決等)、利用客は、「他人」に当たらないのではないかが問題となります。

同様のケースで、運転代行サービスの利用客と自賠責保険会社が争った裁判例をご紹介します。

利用客(X)は、自賠責保険会社(Y)に対して、代行業者(A)がXの車の「保有者」としてXの損害を賠償する義務を負うとして自賠責保険金を請求しました。

一審判決(前橋地方裁判所高崎支部平成5年2月10日判決)及び原判決(東京高等裁判所平成6年3月31日判決)はXの請求を認めたため、Yが上告したところ、最高裁判所は、次ように判示して、Yの保有者としての責任を認めました。

「Aは、運転代行業者であり、本件自動車の使用権を有する被上告人(X)の依頼を受けて、被上告人(X)を乗車させて本件自動車を同人の自宅まで運転する業務を有償で引き受け、代行運転者であるaを派遣して右業務を行わせていたのであるから、本件事故当時、本件自動車を使用する権利を有し、これを自己のために運行の用に供していたものと認められる。したがって、Aは、法2条3項の「保有者」に当たると解するのが相当である。」「被上告人(X)は、飲酒により安全に自動車を運転する能力、適性を欠くに至ったことから、自ら本件自動車を運転することによる交通事故の発生の危険を回避するために、運転代行業者であるAに本件自動車の運転代行を依頼したものであり、他方、Aは、運転代行業務を引き受けることにより、被上告人(X)に対して、本件自動車を安全に運行して目的地まで運送する義務を負ったものと認められる。このような両者の関係からすれば、本件事故当時においては、本件自動車の運行による事故の発生を防止する中心的な責任はAが負い、被上告人(X)の運行支配はAのそれに比べて間接的、補助的なものにとどまっていたものというべきである。したがって、本件は前記特段の事情のある場合に該当し、被上告人(X)は、Aに対する関係において、法3条の「他人」に当たると解するのが相当である。」(最高裁判所平成9年10月31日第2小法廷判決より抜粋)。

自転車損害賠償責任保険

条例によって自転車損害賠償責任保険等への加入を義務化する動きが広がっています。

国土交通省のウェブサイトによると、令和5年4月1日現在、32都府県において条例により自転車損害賠償責任保険等への加入を義務化し、10道県において努力義務化する条例が制定されています。

私が住んでいる東京都では、令和2年4月1日から「東京都自転車の安全で適正な利用の促進に関する条例」が改正され、自転車利用中の事故によって他人を死傷させた場合に損害賠償できるよう、自転車利用者、保護者、自転車を業務で使用する事業者、自転車貸付業者に自転車損害賠償保険等への加入が義務化されました。

今年、区から送付された区民健診の案内には、「区民交通傷害保険加入のご案内」が同封されていて、自転車損害賠償責任保険への加入を促しています。
「ご案内」には、高額損害賠償の事例として、次の裁判例(神戸地方裁判所平成25年7月4日判決)の概要を紹介しています。
男子小学生(11歳)が自転車走行中、歩道と車道の区別のない道路において、歩行中の女性(62歳)と正面衝突し、女性は、急性硬膜下血腫、脳挫傷、頭蓋骨骨折等の傷害を負い、意識が戻らない状態となったケースについて、裁判所は、男子小学生の親権者に監督者責任を認め、9520万7082円の賠償金の支払いを命じました。

代車を運転中に交通事故に遭ったとき

車を修理したり車検を受けるとき、ディーラーや整備工場が無償で(サービスで)代車を貸してくれることがあります。
代車を運転中に交通事故に遭って、代車が損壊し、代車の損害額が修理費相当額である場合、事故の相手の過失が100%であれば、事故の相手が加入している任意保険会社が修理費を支払ってくれることが多いです。

しかし、代車の運転者にも過失がある場合、自分の過失割合に相当する修理費については、相手方に請求することができません。
また、相手の車の損害(修理費または時価額)について、相手方から自分の過失割合に相当する賠償金を請求されることになります。

この場合、代車に付保された保険(車両保険、対物賠償責任保険)を使うことができれば、代車の運転者が自分で負担する必要はありません。

もっとも、代車に付保された保険を使うと等級ダウンするため、保険利用の可否は、代車を貸した業者によって異なります。

代車の保険を使えなくても、自分の車の任意保険には、通常、他車運転特約が自動付帯されているので、特約を利用できる条件をクリアすれば、自分の自動車保険を使って修理したり、相手車の損害を賠償することができます。

ただし、他車運転特約により補償される範囲は、自分の自動車保険の契約内容と同じ範囲となるため、自分の自動車保険に車両保険を付帯していなければ、自分の過失割合に相当する代車の修理費は自己負担となります。

過失割合が問題になる場合、弁護士に相談してみるとよいでしょう。

自転車用ヘルメットの着用義務

令和5年4月1日から施行された改正道路交通法は、これまでの児童や幼児の保護責任者だけでなく、あらたに自転車の運転者にもヘルメット着用の努力義務を課しています。

(自転車の運転者等の遵守事項)
第63条の11 自転車の運転者は、乗車用ヘルメットをかぶるよう努めなければならない。
2 自転車の運転者は、他人を当該自転車に乗車させるときは、当該他人に乗車用ヘルメットをかぶらせるよう努めなければならない。
3 児童又は幼児を保護する責任のある者は、児童又は幼児が自転車を運転するときは、当該児童又は幼児に乗車用ヘルメットをかぶらせるよう努めなければならない。

上記条文のように、「努めなければならない」という努力義務を定めたにすぎず、ヘルメットを着用しなくても、処罰されることはありません。

しかし、ヘルメットを着用しないで交通事故に遭った場合、加害者から支払われる賠償金が減額される可能性があります。

例えば、ヘルメットを着用しないで自転車を運転し、青信号で交差点に進入したところ、赤信号で交差点に進入してきた自動車に撥ねられて頭部を損傷して死亡した場合、加害者側から、ヘルメットを着用していれば死亡しなかった可能性が高いことを理由に、被害者にも5%の過失があるなどと主張されるかもしれません。

自転車事故により被害に遭った方は、弁護士に相談することをおすすめします。

休車損害の算定方法(休車期間)

休車損害は、事故に遭った営業車が1日当たりに得る利益に休車期間を乗じて算定します。

休車期間は、相当な修理期間または買替期間です。

そのため、事業主が、正当な理由なく、修理や買い替えを遅滞させた場合、休車期間が制限されることになります。

例えば、平成31年2月8日東京地方裁判所判決は、大型の冷蔵冷凍車について、原告が「原告車の修理にも代替車の取得にも数箇月を要するが、原告は原告車の他に冷蔵冷凍車を保有していないから、少なくとも6か月分の休車損が生じた」と主張し、これに対し、被告が「原告車の買替えに要する期間は1か月程度で足りる」と主張したところ、「原告車の損傷状況等に関する被告保険会社による調査が本件事故後約1か月を経過した平成28年8月22日に行われたこと(甲3)、前記1(2)のとおり、取得した車両を原告車に替えて使用するには相応の整備を要することからすれば、原告車の買替えに要する相当な期間は4か月間であると認められる。原告は、修理工場から修理には少なくとも6か月はかかると言われ、また、被告保険会社は平成28年12月になって初めて原告車の修理の内容及び金額を原告に説明したなどとして、少なくとも6か月分の休車損が生じた旨を主張するが、修理に6か月もの期間を要することを裏付ける的確な証拠はないし、被告保険会社との交渉に期間を要したとしても、そのために修理や買替えに着手することができないわけではないから、原告の主張はいずれも採用することができない。」と判示しました。

休車損害(遊休車の存否・実働率)

遊休車が存在しなかったことは、休車損害が認められるための要件ですから、被害者がこれを立証しなければならないと考えられています。

路線バスについては、法令上、原則として1営業所ごとに最低5両の常用車及び1両の予備車を配置すべきとされ、予備車を保有していることが事業許可の条件となっています。
そのため、路線バスが事故に遭って損傷して使用できなくなっても、他の遊休車を活用することができるので、通常、休車損害は否定されるでしょう。

タクシーやトラック等、予備車の保有が義務付けられていない営業車については、遊休車の存否を判断するにあたり、実働率を考慮することがあります。
実働率は、保有車の台数に対する稼働車の台数の比率のことです。
実働率が100%であれば、遊休車は存在しないことになりますが、100%未満であっても、直ちに休車損害が否定されるわけではありません。

例えば、平成27年2月25日東京地方裁判所判決は、「証拠(略)によれば、原告は、一般旅客自動車運送事業等を営む株式会社であるところ、平成24年3月31日時点の事業用自動車数は212台、同日時点の従業員数(運転者数)は504人、平成23年度の延実在車両数は7万7592台、同年度の延実働車両数は6万8298円台、同年度の実働率は88パーセントであったことが認められるが、これらの各数字からすると、原告は、本件事故当時、遊休車を保有していたことがうかがわれるというべきであり、他に、原告が、本件事故当時、原告車以外の保有車両を可能な限り使用していた等の事情により遊休車が活用できなかったと認めるに足りる証拠はない。」として、休車損害を認めませんでした。

他方で、平成29年8月25日大阪地方裁判所判決は、「(証拠)によれば、本件事故の発生した月の前月である平成24年9月において、原告は、7社から傭車を手配させていたことが認められる。また、(証拠)によれば、平成24年3月31日時点での原告の名張営業所の保有車両は32台であり、平成23年4月1日から平成24年3月31日までの輸送実績は、延べ実在車両数6205台、延べ実働車両4428台であり、実働率は約71パーセントであると認められる。(中略)そして、平成24年9月8日時点の車輌一覧表(証拠)には、原告保有の41台の車両それぞれに1名ずつ乗務員が対応付けられており、他に原告の保有車両があったとする証拠はないから、原告が傭車を手配していたことも併せ考えると、原告には遊休車両がなかったものと認められる」として、休車損害を認めました。
さらに、「被告らは、車両ごとに専属運転者がいたとしても、労働者が車両を運転できる時間には限度があり、専属運転者が車両を運転していない時間であれば、車両を使用できるとする趣旨の主張をしているが、遊休車両の存否で問題となるのは、遊休車両の存在により、原告貨物車が使用不能になったことの業務上の影響がないといえるかどうかであり、専属運転者を決めて使用していた車両の業務内容を、専属運転者を決めて使用していた他の車両の空き時間での使用で完全に代替できるとは考え難いから、主張は採用できない。」と判示しました。

休車損害(遊休車の存否)

バス、タクシー、トラック、ダンプカー等、緑ナンバーや黒ナンバーの営業車が事故によって損傷し、修理期間や買い替えに要する期間、その車を稼働することができず、売上が減少することがあります。

このような場合、事故に遭わなければ得られるはずであった利益相当額を損害とみて、加害者に休車損害を請求することができます。

もっとも、休車損害が認められる条件や損害額の算定方法については、明確とはいえず、休車損害を請求するための資料の収集にも苦労します。

休車損害が認められるための条件は、事故に遭った車を使用する必要があることです。

そのため、事業主が事故に遭った車の他にも遊休車(代替車)を保有している場合、これを稼働させることによって売上の減少を回避することができるため、休車損害は認められません。

例えば、平成10年11月25日東京地方裁判所判決は、「原告は、休車損害として、一日あたり一万円で修理相当期間である二日間分の二万円を主張する。しかし、原告は、タクシー会社であるから、代替車両が存在するのが通常と考えられ、本件においては、代替車両の存否を含めて休車損害の発生の根拠について、主張も立証もない」として、休車損害を認めませんでした。

他方で、平成13年6月5日大阪地方裁判所判決は、「証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故により、原告は(略)、原告車両の修理には平成一二年四月四日から同月六日までの三日間を要し、その間、原告が所有する原告車両と同型の二台の大型車両はいずれも長距離運行中であり、他に原告車両の代替車となりうる車両はなかったこと(略)が認められる」として休車損害を認めました。

このように、裁判実務では、遊休車の存否が争われることが多く、被害者は、緻密な主張立証を求められます。

運転代行サービス利用中の交通事故

明けましておめでとうございます。

年末、東京駅周辺は、忘年会帰りと思われるスーツ姿のグループや郷里・旅行に出かけるのであろう多くの人々で賑わっていました。

この時期は、酒席が多くなるためか、運転代行サービスを利用中に交通事故被害にあったとのご相談が増えます。

例えば、運転代行業者のドライバーが、利用客を乗せて利用客の所有車を運転中、うっかり電柱に衝突した結果、利用客の車を壊すとともに利用客を負傷させた場合、被害者である利用客は、そのドライバーに対して、車の損傷に伴う物的損害と負傷に伴う人的損害について賠償請求することができます。

被害者は、ドライバーの使用者である運転代行業者に対して賠償請求することもでき、通常、代行業者が加入している保険や共済から賠償金が支払われます。

運転代行業者は、代行運転自動車と随伴用自動車のいずれについても、利用者等の生命、身体又は財産の損害を賠償するため、対人8000万円以上、対物200万円以上を限度額としててん補することを内容とする損害賠償責任保険(共済)契約を締結することが義務付けられているからです。

ただし、保険に未加入のまま運転代行を行う業者もいるようですので、運転代行業者を利用する際は、事前に保険に加入しているか確認しておくとよいでしょう。

診療記録の開示

弁護士は、交通事故によって負傷した被害者の代理人として、入通院先の病院に対し、被害者の診療記録の開示を請求することがあります。

平成15年9月12日、厚生労働省が「診療情報の提供等に関する指針」を示し、日本医師会も同様の指針を示しているため、今では、ほとんどの病院が開示に応じていますが、稀に、開示を拒否する病院があります。

被害者の方が開示を求めて拒否されたら、その病院に厚生労働省や日本医師会の指針の内容を伝え、開示を拒否する理由について文書により回答を求めてみるとよいでしょう。

厚生労働省の「診療情報の提供等に関する指針」は、診療記録の開示(7項)と診療情報の提供を拒み得る場合(8項)について、次のように定めています。

7 診療記録の開示

 (1) 診療記録の開示に関する原則

 ○ 医療従事者等は、患者等が患者の診療記録の開示を求めた場合には、原則としてこれに応じなければならない。

 ○ 診療記録の開示の際、患者等が補足的な説明を求めたときは、医療従事者等は、できる限り速やかにこれに応じなければならない。この場合にあっては、担当の医師等が説明を行うことが望ましい。

 (2) 診療記録の開示を求め得る者

 ○ 診療記録の開示を求め得る者は、原則として患者本人とするが、次に掲げる場合には、患者本人以外の者が患者に代わって開示を求めることができるものとする。

 ① 患者に法定代理人がいる場合には、法定代理人。ただし、満15歳以上の未成年者については、疾病の内容によっては患者本人のみの請求を認めることができる。

 ② 診療契約に関する代理権が付与されている任意後見人

 ③ 患者本人から代理権を与えられた親族及びこれに準ずる者

 ④ 患者が成人で判断能力に疑義がある場合は、現実に患者の世話をしている親族及びこれに準ずる者

 (3) 診療記録の開示に関する手続

 ○ 医療機関の管理者は、以下を参考にして、診療記録の開示手続を定めなければならない。

 ① 診療記録の開示を求めようとする者は、医療機関の管理者が定めた方式に従って、医療機関の管理者に対して申し立てる。なお、申立ての方式は書面による申立てとすることが望ましいが、患者等の自由な申立てを阻害しないため、開示等の求めに係る申立て書面に理由欄を設けることなどにより申立ての理由の記載を要求すること、申立ての理由を尋ねることは不適切である。

 ② 申立人は、自己が診療記録の開示を求め得る者であることを証明する。

 ③ 医療機関の管理者は、担当の医師等の意見を聴いた上で、速やかに診療記録の開示をするか否か等を決定し、これを申立人に通知する。医療機関の管理者は、診療記録の開示を認める場合には、日常診療への影響を考慮して、日時、場所、方法等を指定することができる。

 なお、診療記録についての開示の可否については、医療機関内に設置する検討委員会等において検討した上で決定することが望ましい。

 (4) 診療記録の開示に要する費用

 ○ 医療機関の管理者は、申立人から、診療記録の開示に要する費用を徴収することができる。その費用は、実費を勘案して合理的であると認められる範囲内の額としなければならない。

8 診療情報の提供を拒み得る場合

 ○ 医療従事者等は、診療情報の提供が次に掲げる事由に該当する場合には、診療情報の提供の全部又は一部を提供しないことができる。

 ① 診療情報の提供が、第三者の利益を害するおそれがあるとき

 ② 診療情報の提供が、患者本人の心身の状況を著しく損なうおそれがあるとき

<①に該当することが想定され得る事例>

・ 患者の状況等について、家族や患者の関係者が医療従事者に情報提供を行っている場合に、これらの者の同意を得ずに患者自身に当該情報を提供することにより、患者と家族や患者の関係者との人間関係が悪化するなど、これらの者の利益を害するおそれがある場合

<②に該当することが想定され得る事例>

・ 症状や予後、治療経過等について患者に対して十分な説明をしたとしても、患者本人に重大な心理的影響を与え、その後の治療効果等に悪影響を及ぼす場合

※ 個々の事例への適用については個別具体的に慎重に判断することが必要である。

 ○ 医療従事者等は、診療記録の開示の申立ての全部又は一部を拒む場合には、原則として、申立人に対して文書によりその理由を示さなければならない。また、苦情処理の体制についても併せて説明しなければならない。

代車の使用期間

交通事故により被害車両が損傷し、修理や車の買い替えに要する期間、代車の使用を余儀なくされたにもかかわらず、加害者側の保険会社が、実際に代車を借りた期間の代車代の(一部の)支払いを拒むことがあります。

代車の使用期間が争点となる場合、裁判所は、諸事情を考慮して必要かつ相当な期間についてのみ代車の使用料を認定します。

ご紹介する裁判例(平成19年2月28日東京地方裁判所判決)は、修理費・時価額・過失割合について被害者と加害者が熾烈に争った結果、修理や買い替えることができないまま代車の使用期間が長期化し、訴訟に至ったという典型例です。

平成17年9月19日発生の事故の被害者(原告)は、次のように主張して、平成18年2月5日までに支払った代車使用料として383万2930円を請求しました。

 「本件事故後、原告X1は、被告が加入する損害保険会社(以下「被告損保会社」という。)の担当者(以下「損保担当者」という。)から、過失相殺を主張され、修理代は90パーセントしか出せないし、代車は一切出せないと言われた。そこで、原告X1がディーラーに相談したところ、平成17年10月2日から同月15日まで、代車を無料で借りることができたので、原告車両を見積りと修理に出した。ところが、塗装の範囲、代車、過失相殺について被告損保会社ともめたため、結局、塗装前に修理を中断した。そのうち、代車を無料で借りることができる期間を経過してしまい、原告X1が費用を負担してレンタカーを借りることになった。その後、ディーラーが被告損保会社に確認をし、被告損保会社が修理代の支払を了解したということで、同月22日に修理を完了させた。しかし、結局修理代を全額支払ってもらえないという話になり、原告X1に原告車両を返還してもらえない状態になっている。その間に、原告X1は高額のレンタカー代を支出するなど、その被害が拡大し、取り返しのつかない損害を被るに至った。最終的に、平成18年4月には、原告X1はやむなく別の車両を購入している。 

      本件紛争がここまで複雑化したのは、当初の段階で、損保担当者が、代車代を一切出さないと言ったことに起因している。そして、原告X1は、その代わりに、修理の範囲を部分塗装とするなら過失相殺を一切しない形で賠償してもらえないかと交渉したが、否定されたため話し合いにならなかった。その後、被告代理人弁護士が選任され、初めて代車代を出すという話が出たが、被告代理人弁護士が過失割合について被告損保会社の見解(9:1)と異なる見解(8:2)を主張するに至ったことから、原告X1としても、容易に示談に応じることができなくなった次第である。このように、本件事故から本件訴訟に至るまでの経過において、原告X1の責めに帰すべき事情は全くない。よって、原告X1が請求する前記代車使用料相当の損害金が認められるべきである。」

これに対し、加害者(被告)は、次のように、平成17年10月4日から同月22日までの代車使用料として6万8880円のみ認めると主張しました。

 「原告車両が修理工場に納車されたのは、平成17年10月4日であり、修理が終了して納車されたのは、同月22日である。また、原告X1が代車を借りたのは同月17日からであるから、代車使用料が本件事故と因果関係のある損害として認められるのは、同月17日から同月22日までの分であるところ、被告の調査によれば、同月17日及び20日が1日当たり各1万3440円、同月18日、19日、21日、22日が1日当たり各1万0500円であるから、合計6万8880円となる。

同月22日の後のレンタカー代については、原告X1が不合理な主張に拘泥して自ら損害を拡大したものであるので、被告に賠償義務はない。
すなわち、本件事故後、原告X1と損保担当者は交渉していたが、当初、原告X1は自己の過失を全く認めなかった。その後、損保担当者は本件事故で損傷した左側面部分を修理範囲とする見積書を出し、この見積りに従って修理が開始された。同月13日、原告X1が被告に電話をかけ、原告X1の主張するとおり示談するよう強談したため、被告側は弁護士が交渉に当たることとなった。被告代理人は、原告X1に対し、同月18日付け通知書において、賠償の範囲として認められる代車使用料が修理期間分である旨説明しており、原告X1は、同月21日に、本件の賠償問題について弁護士に相談をしている。原告X1が全塗装にこだわっていたのは、部分塗装の場合、塗装部分と塗装しなかった部分が分かってしまうからとのことであったが、修理後の原告車両を見た原告X1は、塗装がきちんとなされていることを認めていた。それにもかかわらず、原告X1は、修理終了後も、部分塗装であるから被告が修理代を全額負担せよ、自己の過失割合はゼロである、原告X1がレンタカーを借りた全期間につきレンタカー代全額を支払え等の主張に固執したため、示談に合意することができなかった。同年11月6日、被告代理人は、原告X1が自己負担する費用の増大を憂慮し、円満な早期解決を図るため、被告の過失割合を9割とするところまで譲歩し、修理代92万4147円及びレンタカー費用6万8880円の合計額の9割である99万3027円を示談金額とする示談書を作成して、原告X1に郵送した。同月9日には、原告X1と被告代理人が面談し、原告X1は、示談書の内容に合意する、印鑑を持参していないので示談書は後日郵送する旨述べて、面談は終了した。しかし、示談書は郵送されず、同月16日になって、原告X1から損保担当者に対し、示談に応じられない旨の連絡があった。その後、何度か被告代理人が原告X1に連絡をとったが、原告X1は話し合いに応ずることがなかった。
なお、原告車両の納入前に被告に代理人弁護士が受任して適正な賠償額を提示しており、原告X1自身、弁護士に本件事故による賠償について相談しているから、被告側が代車使用料を認めなかったことをもって交渉期間が長引いたとはいえない。
仮に、同年10月22日後の代車使用料が認められるとしても、当初、原告X1が借り受けていたレンタカー代金は、1日当たり1万3440円又は1万0500円であったのに対し、同年11月11日から借り受けた代車は1日当たり2万8000円と著しく高額である。原告X1が平成18年4月7日に購入し登録した国産車の代金が25万0500円であったこと、原告X1の月収が50万円くらいであることからすると、原告X1には高級車使用の必要性はなかったと推認される。」

裁判所は、次のように、平成17年11月10日までの30万4930円を相当な代車使用料であると判示しました。

「ア 原告車両の修理が終了して納車された日である平成17年10月22日までの6日分(なお、それ以前の日については、無料で代車を借りることができたものであるから〔甲26、原告X1本人〕、原告X1に損害は発生していない。)の代車使用料6万8880円(甲5の2及び3、乙10、14)については、被告も認めるところである。
また、原告X1は、車両を通勤のために使用していたほか(早朝出勤であることも多い。)、家族の通院等のためにも使用していたものと認められるので(甲18の1ないし5、甲26、原告X1本人)、代車使用の必要性は認められる。
   イ 原告X1は、修理終了後も平成18年3月ころまで代車を使用し(甲5の1ないし5、甲6、甲13ないし15の各1及び2)、同月、25万0500円で中古の軽自動車を購入した(甲16、17)。原告X1が新たに中古車を購入したのは、原告車両の修理代を支払うことができないため、修理工場から原告車両の返還を受けられなかったからであること、修理代の支払ができなかったのは、原告X1と損保担当者あるいは被告代理人との交渉が合意に至らなかったためであること、原告X1と被告側との間では、修理代(修理の範囲)及び過失割合のほか、代車費用についても交渉の対象となっていたことが認められる(甲8の2、甲26、乙1の1、乙2の1、原告X1本人)。この間、双方がそれぞれ自己の見解を示す一方、解決案を提案しつつ交渉が進められており、損害額や責任の範囲について交渉が決着し、現実に賠償が行われるまでに一定の時間を要することは、交通事故損害賠償の交渉において稀なことではないから、原告X1のみに交渉が早期決着しなかったことの原因があるということはできず、損害の公平な分担の観点からは、交渉が長期化したことによる損害をすべて原告X1の負担とすることは相当ではない。しかし、損害賠償の範囲は不法行為によって通常生ずべき損害とするのが原則であるところ(民法416条参照)、本件では、修理代について、前記(1)の92万4147円で修理可能であることは原告X1も修理が終了するころまでには認識していたと考えられること(甲7の1及び2)、平成17年10月21日には、原告X1は弁護士に本件事故について相談していることがうかがわれること(乙17の1及び2)、同月29日付けで修理工場側において修理代92万4147円の請求書が作成され、原告X1に送付されていること(甲29)、同年11月上旬、被告代理人が、前記(1)の修理代92万4147円及び前記アの代車使用料6万8880円の合計額の9割相当額を支払うことを内容とする示談書を作成して原告X1に送付し、同月9日、原告X1と面談し、原告X1はその場では一応了承したものの(ただし、当日印鑑を持参し忘れたため、示談書の作成に至らなかった。)、後日、示談に応じかねる旨返答したこと(乙3、原告X1本人、弁論の全趣旨)、原告X1は、同月10日までは、被告が認める前記アの代車使用料(1日当たり1万0500円又は1万3440円)に係る代車と同一車両を同一のレンタカー会社から借りて使用していたが、同月11日以降、1日当たり2万8000円という2倍以上の価格で代車を借りるに至っていること(甲5の1ないし5、甲6、甲13ないし15の各1及び2)等の事実に照らすと、本件において相当な代車使用料は、平成17年11月10日までの分と認めるのが相当である。
   ウ したがって、代車使用料は、合計30万4930円(前記アの6万8880円を含む。)である(甲5の1ないし5)。」

なお、判決文中( )内の「甲」「乙」という記号は、原告と被告が提出した証拠の種類を示しています。

交通事故に遭ったら

交通事故の被害者が、事故直後にすべきことは、警察への連絡です。

怪我をしても(人身事故)、していなくても(物損事故)、事故の当事者は、警察への報告義務があります。

警察に連絡しなければ、交通事故証明書の発行を受けることができず、事故が起きたことを証明することが困難になります。

被害車両の修理、ケガの治療、示談交渉等、各種手続きをスムーズに行うことができるように、加害者の名前、連絡先、住所、加入している保険会社等を聞き取り、すぐに保険会社等と連絡がとれるようにしましょう。

加害車両と被害車両の損傷か所等も、相互に確認して、写真に撮っておきましょう。

積み荷、着衣、所持品等が破損した場合、破損状況が分かるように、写真に撮っておきましょう。

事故直後は気が動転して痛み等を感じにくいこともありますが、数時間後に症状が出てくるケースは少なくありません。

すぐに病院で診察を受け、すべての症状を漏れなく伝え、必要な検査をしましょう。

初診が遅れると、事故とケガとの関連性の証明が困難となり、加害者側から治療費の支払いを拒否されるおそれがあります。

加害者の保険会社に負傷したことや通院先の連絡先を報告して、加害者の保険会社に治療費等を支払ってもらう手続きをしましょう。

加害者側の対応に疑問や不安があれば、弁護士にご相談ください。

 

高齢者・失業者の後遺障害による逸失利益

前回のお話の続きです。

後遺障害による逸失利益=基礎収入額×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数

によって算出されます。

基礎収入は、原則として、交通事故当時の現実の収入を基準とするため、事故時に無職で収入がない被害者は、原則として、逸失利益がないことになります。

しかし、例えば、高齢の方が事故時は無職であったとしても、事故前の職歴、年齢、事故当時の生活状況等から、就労の蓋然性があれば、賃金センサスの産業計・企業規模計・学歴計・男女別・年齢別平均の賃金額を基礎として、逸失利益が認められる場合もあります。

また、例えば、前職を辞めて転職活動中に事故に遭ったり、病気や介護等、何らかの理由で退職した後に事故に遭う等して、事故時に失業中であった方も、事故前の職歴や収入、学歴、年齢、無職に至った経緯、事故当時の生活状況等を考慮して、労働能力及び労働意欲があり、就労の蓋然性があれば、逸失利益が認められる場合もあります。

その場合、原則として、失業前の収入等を参考として、再就職によって得られるであろう収入を基礎とします。

失業前の収入が平均賃金以下の場合には、平均賃金が得られる蓋然性があることを証明することによって、男女別の賃金センサスを基礎とするケースもあります。

無職の方に逸失利益が認められるかどうかは、事故前の職歴や収入、学歴、年齢、無職に至った経緯、事故当時の生活状況等、個別の事情によって異なります。

事故当時、無職であったからと簡単に諦めず、まずは、交通事故に強い弁護士に相談することをお勧めします。